大岡みなみの身辺雑記/最新版


 身辺雑記 

by totoropen (OOKA Minami)

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2022年

7月6日(水曜日) 綱渡りの帳尻合わせ

 原稿の締め切りと学生約50人分の文章添削と通常授業と輪番の特別講義が重なった。3千字ほどの原稿を優先させるとして、同時並行で添削が間に合うのか、もしかしたら今週は休講せざるを得ないかも……。という怒涛の綱渡り状態だったが、なんとか乗り切った。臨時休講もしなくて済んだ。なんだかんだで辻褄(帳尻)が合うもんなんだな。やるじゃん俺(おい)。


7月2日(土曜日) 電子版の印税

 出版社から電子版書籍の印税振り込み通知が送られてきた。そう言えば20年も前に出した単著「日の丸がある風景」(日本評論社)が、電子版になっていたのだった。すっかり忘れていた。電子版の印税を受け取るのは初めて。本当にごくわずかな金額だけど、ちょっとうれしい。購入してくださった方に心から深く感謝。

 個人的には、手触りやページをめくる手触りなども含めて紙の書籍が好きだ。しかし最近は、「紙媒体が絶版になってもずっと残る」「スマホでも気軽に見られる」といった利点もあって、電子版の書籍もいいなと少し感じている。


7月1日(金曜日) 「懲りない国民」

 やはり「懲りない国民」なのだろうか。原発再稼働に賛成する政党と議員が多数を占めたら、どうなるか想像してほしい。福島原発の事故であれだけの恐怖と絶望を味わったはずなのに、たった10年で忘れてしまうのか。今この瞬間も汚染は続いているのに。再び、もっと酷い大惨事を経験しないと目が覚めないのだろうか。

 「防衛力強化に賛成し、敵基地攻撃をためらわない候補者」を国政の場に送ったらどうなる。例えば台湾海峡でもし戦争が始まれば、ウクライナと同じ悲惨な光景が、間違いなくこの日本でも繰り広げられる。想像力を働かせて一票を投じてほしい。

 戦争を避けるには、外交の力で何度でも何度でも説得を試みるしかない。それが本来のあるべき政治家の姿のはず。専守防衛は必要だと思うが、国防費を際限なく膨れ上がらせ、勇ましい言葉を弄して軍拡と戦争を煽るのは愚の骨頂。その先には悲惨な未来しかない。無能だと言っているのに等しい。


6月30日(木曜日) 「野党」と一括りにするな

 何回でも言う。「野党」と一括りにするな。改憲に賛成し、原発再稼働に賛成し、政府に権限を集中させて国民の基本的人権を制限する緊急事態条項にも賛成するのが維新、国民民主党、N党だ。そんな連中を野党と呼ぶなんて冗談でもやめてほしい。政府自民党とほとんど一心同体。有権者の投票行動をミスリードすることになる。


6月29日(水曜日) 原発再稼働が本音

 「電力供給確保には原発の再稼働が重要」と萩生田光一経産相。ほらほらやっぱり。本音・真の狙いが出てきたとしか思えない。「電力需給逼迫」の大合唱そのものに胡散臭さを感じてしまう。「原発再稼働」こそが最終目的なのだろうとの疑念を強く抱く。

 放射性廃棄物の処理や処分もできず、具体策もなく、廃炉を含めてコストがかかり過ぎる原発。そもそも地震大国の日本で、原発を安全に維持管理することに無理がある。安定した電力供給を言うなら、発電・送電・蓄電の技術こそ速やかに確立すべきなのに、「原発ありき」の政府と電力業界が無為無策を続けてきたことが、何よりも問題だ。無責任にもほどがある。そんな連中に原発を任せるなんてあり得ない。

 もちろん個人的に節電の努力はできるだけするけどね。「電力需給逼迫」の喧伝には胡散臭さを感じているにしても、電気を無駄に使わないことは大事だから。

◇◇

 暑くて暑くてたまらないので、きょうの授業は宣言した通り大幅に早く終えた。コンパクトに凝縮した内容で2コマとも簡潔に完結。学生のみんなも異論はないはず。自宅室内でもキャンパス内でも通学の電車内でも、熱中症には十分に気を付けて過ごしてほしい。


6月24日(金曜日) 違和感アナ

 兵庫県尼崎市が全市民の個人情報を記録したUSBメモリーを紛失した騒ぎについて、TBSの夕方の情報番組「Nスタ」で井上貴博アナウンサーが「この事件がマイナンバー批判に飛躍するのは違うと思う」と発言。唖然とした。なぜ「飛躍」といった表現になるのか。個人情報の杜撰な管理は致命的な問題で、市民の多くが不安や不信感を抱くのは当然ではないか。

 スタジオでコメンテーターの直木賞作家・今村翔吾氏が、「マイナンバーには賛否両論ある」と冷静にコメントしたのが救いだったが、井上アナが「飛躍」と繰り返す姿は異様で、極めて奇異に感じた。

 井上貴博アナはかつて「Nスタ」の冒頭で、「きょうは建国記念の日。神武天皇が即位された日です」と発言したこともある。事実を伝えるニュース番組で史実と神話を区別せず、そのまま平然と伝える感覚がそもそも理解不能。自称愛国テレビ「虎ノ門ニュース」かと思って言葉を失った。このアナウンサーはコロナウイルス感染拡大を伝える際も、一見もっともらしく「不安を煽っている」と述べていた。そこまで言うならコロナのニュースを流さなければいいではないか。違和感しかない。


6月17日(金曜日) 最高裁の無責任

 最高裁第二小法廷は、福島原発事故の国の責任を認めず。実にふざけた論外の判決だ。国策として原発を推進した国の責任は問わず、国が命じて防潮堤を設けたとしても被害は防げなかったとして、国の津波対策の不作為も「想定外」として認めなかった。複数の高裁は防げたと判断したのに。そもそも原発事故の国の責任を問うこんな重大な判決を、なぜ大法廷で審理しないのか。そこからしておかしい。

 原発事故は予見できたし真摯に対策を講じていれば回避できたとして、国の責任を厳しく指摘する反対意見を書いたのは、三浦守裁判官1人だけだった。国の原発推進政策を擁護し、「不作為」に加担する無責任な多数意見を支持したのは、菅野博之裁判長、草野耕一裁判官、岡村和美裁判官の3人。この3人の最高裁裁判官の名前は、しっかりと記憶に留めておきたい。


6月11日(土曜日) 追悼上映会

 午後から東神奈川の神奈川公会堂。急逝した河野優司監督の追悼上映会へ。安倍政権の「危うい8年間」を検証したドキュメンタリー映画「2887」全編バージョン上映後、映画制作の裏話と河野さんの思い出を少しだけ話させてもらった。集まったのは、横浜市立高校の関係者や河野さんの教え子ら約120人。熱い思いにあふれる映像を見ながら、憲法、福島原発、沖縄辺野古に向き合った故人を偲んだ=写真。

 終了後、近くのファミレスで、元横浜市立高校教職員組合委員長の飯田洋さんや岡田尚弁護士、先輩記者と、河野さんを偲んで献杯。久しぶりの再会を祝して3時間ほど歓談する。愉快な時間だった。


6月10日(金曜日) キッチンカー

 このところずっとオンライン授業が続いているが、教材を作成するため、久しぶりに勤務先の大学に出かけた=写真。マスクを外している学生は3割くらい。キャンパス内に、たこ焼きやポテトなどのキッチンカーが店を出していて、美味しそうな匂いが漂ってくる。大勢の女子学生で賑わっていた。

 作業は滞りなく完了。それにしても大学のパソコンはどれもこれもWindowsばかりで、使いにくいったらありゃしない。せめて1割くらいはMacを置いてほしい。


6月9日(木曜日) 「野党」と一括りにするな

 立憲民主党が出した内閣と細田博之衆院議長の不信任案が衆院本会議で否決されたことに対し、「野党の分断を際立たせた」「野党分断」「茶番」などと嘲笑う論調、それこそが笑止千万だ。「一票の格差是正」を否定するセクハラ議長を、不信任としないこと自体がおよそあり得ない。そもそも「野党」と一括りにすることが間違っている。

 維新や国民民主党が「野党」であるわけがない。実態は公明党と同じく与党そのものではないか。実質的には国営放送(政権政党の広報宣伝機関)と化しているNHKを、「公共放送」と称するのと同じくらい奇異に感じる。


6月8日(水曜日) 庶民を愚弄

 日銀の黒田東彦総裁の「家計の値上げ許容度も高まってきている」発言は、「国民の声とはかけ離れている」なんてレベルをはるかに越えた、国民を馬鹿にしきった妄言だ。安倍晋三に言わせれば「日銀は政府の子会社」なのだろうし、日々の生活ギリギリの庶民に投資を呼びかけるくらいだから、これが政府与党の本音の感覚なのだろう。多くの国民がコケにされ、愚弄されたまま、夏の参院選を迎える。


6月7日(火曜日) 原発再稼働の思惑

 「今夏は電力需給が逼迫する」「節電に協力を」などと政府が言い出すと、原発再稼働に向けた思惑が透けて見えるようだ。世論誘導の下心がチラチラ見える気がするのは、けっして「下衆の勘繰り」とばかりは言えないのではないか。政府自民党も電力会社も、そう思わせてしまうだけのことをしているので。


6月3日(金曜日) 結審

 夕方、横浜地裁。神奈川県警の「新人巡査パワハラ拳銃自殺事件」の損害賠償請求訴訟が結審した。裁判所が当初示した判決期日や、和解案(被告県警側は受け入れなかった)の内容などを考えると、「判決文はもう書き上がっているのではないか。もちろん何があるか分からないのが裁判だが、期待していい」と弁護団。そうであることを僕も心から祈っている。


6月2日(木曜日) オンラインならではの質問

 「先生の背景に映っている本棚には何冊ありますか」──。そんなところを見ているのか。学生からオンライン授業ならではの質問。「この2つの本棚だけで1200冊ほど。別の部屋の本棚や、段ボール箱の中に放り込んであるものが1000冊くらい。そのほか漫画の単行本が約500冊」。たぶんもっとあるけどそんな感じ。

 「おすすめの本はありますか」──。学生向けにとりあえず3冊紹介した。本多勝一のルポ「アメリカ合州国」。大学生の時に読んで影響を受けたから。村山由佳の小説「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズ。主人公の大学生の青春が描かれ読みやすいと思って。筒井康隆「家族八景」。単純に好きなので。

 ほかにもなんだかたくさん質問が寄せられた。「本なんて読まない」「ほとんど読んだことがない」という学生が、とにかく少しでも興味を持って活字に親しんでくれたらいいのだけど。


6月1日(水曜日) 「泊原発運転認めず」判決にNHKは

 北海道電力の泊原発の運転を認めない判決。札幌地裁(谷口哲也裁判長)は1~3号機すべての運転差し止めを命じた。昨夜のNHK「ニュースウオッチ9」は午後9時半以降に短信扱いで伝えた。今朝のニュースでもごく短く触れただけ。NHKが政権に寄り添った「事実上の国営放送」であっても、原発関係だけはきちんと伝えていたはずなのに。

 何なんだ、この冷淡な扱いは……。朝日や毎日はもちろん「泊原発運転認めず」を朝刊1面トップに掲げて大きく報じているだけに、NHKの異様さが際立つ。何があった。憲法改正だけでなく原発再稼働でも、戦前のように政権の情報操作に加担するつもりなのだろうか。

 ちなみにNHKのニュースサイトには「泊原発判決」の詳細な記事が掲載されているので、現場が取材の手を抜いているわけでもなく、怠慢だったわけでもないのはよく分かる。だとすれば局のトップや編集幹部の極めて政治的な判断、ということになるのだが。

◇◇

 NHKは「AI自動音声でお伝えしています」というテロップを出し、AI(人工知能)の自動音声に毎朝、一般のニュースを読ませている。これって何の意味があるのだろう。NHK放送技術研究所は「文脈に応じたイントネーションや間の取り方などを学習し、自然な発話を再現」と説明する。研究開発や実証実験は大いにやればいいと思うが、毎日のニュースをわざわざAIに読ませる必要はなかろうに。


5月31日(火曜日) 不労所得

 「不労所得」に後ろめたさを感じない風潮に違和感がある。恥ずかしい気持ちなどかけらもなく、むしろ堂々としている。他人に迷惑をかけていないのだから文句を言われる筋合いはない、金儲けして何が悪い、と言われればそれまでだが、金融資産や不動産を右から左に動かすだけで手にするのは泡銭。労働せず何ら生産もしないのだから、せめてこっそり収入を得るならまだしも。学校教育で金融資産や不労所得について教えるなんて、世も末だなと思う。


5月30日(月曜日) 「あだ名」禁止?

 <「あだ名」「呼び捨て」は禁止、小学校で「さん付け」指導が広がる>(読売)──。身体的特徴など相手を蔑めて傷付ける「あだ名」は注意し指導した方がいいが、そうでない「あだ名」にまで学校が口を出し、友達を呼ぶ時は一律に「さん」を付けさせるっておかしくないか。「池(いけ)ちゃん」とか「添(ぞえ)くん」もダメなのか。違和感しかない。

 逆に一人だけ「さん付け」して仲間外れにする、そんな陰湿ないじめだって起こり得る。「さんを付けて呼んでいるからいじめではない」と言い張るかもしれない。学校や教育行政がやることは、いちいちピントがずれている。学校関係者は「やってます」感を醸し出すのではなく、真相隠蔽に汲汲とするのでもなく、いじめの本質にこそ真摯に向き合うべきだ。


5月29日(日曜日) 衣替え

 暑い日が続くので、完全な衣替えを実施した。これまで長袖シャツを腕まくりするパターンも併用してきたが、長袖の大半を半袖に入れ替えた。やっぱり涼しい。少しホッとする。ただし梅雨寒に備えて、長袖シャツもすべては片付けず2枚残した。


5月26日(木曜日) 今週はインターバル

 大学で担当している授業の一つに「文章を書く」という科目がある。この授業はかなり消耗する。毎週約60人の作文をすべて添削し、一人一人にアドバイスするのは結構大変だ。そこで今年は途中の回にインターバルを挟むことにした。といっても休講するのではなく、インターバルの週は作文を書かさず、これまでの授業と自分自身の文章を振り返らせる。これはこれで教育的意義がある(はず)。今週はその回。少し楽をさせてもらう。


5月21日(土曜日) 肉そば

 駅前のラーメンチェーン店で、期間限定と銘打たれた肉そばを食べた=写真。丼が運ばれてきた瞬間に漂う甘辛い香り。それだけで食欲がそそられる。たっぷりの豚肉とニラをシコシコ細麺と一緒にすすると、思わず顔がほころぶ。細かく刻まれたタマネギが、甘さを際立たせている。美味しかった。満足。


5月19日(木曜日) 屋外のマスク

 ざっと見たところ、うちの近所で屋外でマスク着用していない人は半分ほど。外を歩く時にマスクを外すのは別に構わないと思うが、歩きながらタバコを吸ったり、酒を飲んだりしているのは、ちょっと勘弁してほしい。そもそもタバコの煙や臭いが不快だし、ポイ捨ては論外。コロナ禍でなくても迷惑この上ない。

 ちなみにそこそこ混雑している書店でマスクをせず、咳をしながら歩いている客がいた。これにはさすがに驚愕した。そりゃないわ。怒りとか呆れるとかではなく、もはや恐怖を感じる。例外中の例外だと思いたい。


5月15日(日曜日) 沖縄への無関心

 青い海とゴーヤチャンプルだけが沖縄じゃない。日本国内の米軍基地の7割を沖縄に押し付け、理不尽な扱いをずっと続けていることへの想像力のなさ。何よりも本土の人間の無関心が最も罪深い。沖縄の人たちの怒りや悲しみや無念は、日本人全員の苦しみでもあるはず。決して他人事ではない。沖縄を「捨て石」なんかにしては断じてならない。

 それにしてもネットを中心に、ことあるごとに沖縄の人たちを揶揄し侮辱し嘲笑する連中の心理は理解に苦しむ。他者を不当に否定し蔑むことで、中身が空っぽの自分自身が肯定できたと錯覚し、優位性が保てたつもりになっているのだろうか。だとしたらあまりにも哀れすぎないか。

◇◇

 カラータイマーが胸に付いていないウルトラマンなんて……。


5月13日(金曜日) 3回目接種

 新型コロナウイルスの3回目ワクチン接種が終わった。このまま何もなければいいんだけどなあ。1回目と2回目は夜になって接種した肩のあたりが、ほんの少し痛くてだるくなった程度だった。今回もし副反応があっても、そんな感じでありますようにと切に願うばかり。今のところは問題なし。


5月11日(水曜日) 授業時間

 3時間目の授業よりも4時間目の方が、なぜか必ず10分ほど授業時間が長くなる。どちらも全く同じ内容なのに。何回やってもだいたい10分長い。意識して短くしようと試みているにも関わらずだ。なんでだろう。ついつい余計な説明をして、話がくどくなっているのだろうか。うーん、謎だ。


5月10日(火曜日) 締め切り

 締め切りが迫ってこないと全くやる気にならないのは、昔から変わらない。GWで時間はたっぷりあったのに、結局動き出したのは締め切り直前になってから。原稿執筆もレポート採点も確定申告もみんな同じ。別の言い方をすると、締め切りという設定がないと動かない。ダメじゃん。


5月9日(月曜日) 心酔と熱狂

 プーチン政権こそ「ナチズム」で「ファシズム」そのものなのに、ウクライナをナチスと呼び、ウクライナ侵攻を「ナチズムとの戦い」「ナチズムの復活を許さない」と称する主客転倒。あまりに荒唐無稽で滑稽な主張としかわれわれには思えないが、ロシア国民の多くはプーチンの言葉に心酔し熱狂する。

 忘れてはならないのは、かつての日本もロシアと同じだったということだ。大本営発表や軍国教育を鵜呑みにし、無謀で身勝手な侵略戦争を「アジアの解放」「聖戦」と信じて熱狂した過去を忘れてはならない。暴走した国家権力の情報統制と教育支配が、多くの国民をいとも簡単に、いかようにも操れるのは古今東西変わらない。

 ファシズム政権や戦争がいったん始まってしまったら、権力の暴走を止めるのは難しい。だからこそ国家権力を縛り、暴走に歯止めをかける必要がある。それが現行憲法の役割だ。権力に都合のいいように憲法を変えるのは極めて危険だということを、肝に銘じておくべきだ。だれのために何のために憲法が存在するのかを理解し意識するのは、国民の義務であり責任である。


5月5日(木曜日) 一刀両断

 熊本県八代市の私立秀岳館高校サッカー部コーチの「暴行動画」と生徒たちの「謝罪動画」と監督関与について、生徒無視の学校側の対応を一刀両断したカンニング竹山はさすがだ。およそ教育機関としてあり得ない学校幹部や経営陣の体質を厳しく批判し、この学校はもうダメだと言い切る竹山のコメントに全面的に同意する。同じ出演番組で、ありきたりの体罰批判しか言えない東国原とは大違い。

◇◇

 「ちむどんどんは、沖縄でもさっぱり話題になっていないようだが、俺の周りの朝ドラ好きも、どんどん脱落している」とツイッターで漫画家のいしかわじゅん氏。でもまあ、脚本が雑すぎて矛盾も目立った前作のNHK朝ドラよりは、まだマシだとは思う。


5月4日(水曜日) NHKの精一杯

 ロシア政府の情報統制や情報操作、プロパガンダ、愛国教育を丹念に取材し徹底批判するNHK。香港や中国についても同様の熱心さだったが、外国の独裁政権問題を取り上げるNHKはものすごく光っている。好意的に解釈すれば、外国の状況を伝えることで暗に日本の政権を批判しているのかもしれんね(棒)。

 しかしまあ、日本の政権を批判したくても批判できないNHK局内で少数派の良心的PやDや記者にしてみれば、外国の独裁政権の不当で不法で理不尽な実態を伝えるのが精一杯なのだろう。「暗に日本の政権を批判しているのかも」というのも、あながち外れていないような気もする。それが日本の「公共放送」の限界と現実と言っていい。実態は「事実上の国営放送」だから。


5月3日(火曜日) だれが何のために改憲

 権力が暴走しないように制限しているのが現行の日本国憲法だ。どの政党が政権を担ってもそれは変わらない。権力がまずすべきは憲法を遵守し、国民の権利と人権を保障した憲法の理念を社会に根付かせることだ。改憲して権力に対する縛りを取り払うことではない。改憲は国民の自由と人権の制限につながる。

 いつの時代でもどこの国でも、権力者は自分たちに都合のいいように憲法を変えようとする。権力の暴走を縛って権力行使を制限している憲法を、逆に国民を縛るための道具に使おうとする。改憲によって権力をフリーハンドにすれば、国民の自由や人権はいとも簡単に奪われてしまうだろう。

 日本は「専守防衛」に徹するべきだ。自衛隊も今のままで十分に機能している。現状維持でいい。「緊急事態」に対応する必要があれば、法律で対応すればよい。権力に好き勝手させず暴走させないため、国民を危険にさらさせないため、国民の自由と人権を制限させないためにも、憲法改正の必要はない。

 だれが何のために改憲しようとしているのか。なぜ改憲したいのか。本当に改憲の必要があるのか。そこを国民はしっかり見極めなくてはならない。無知であることや無関心であることは犯罪だ。無責任な態度は将来に禍根を残す。

 そもそも現行憲法を平然と無視して愚弄し踏み躙っている安倍晋三元首相ら自民党や維新の政治家が、権力の暴走を縛る憲法を変えようと奔走していること自体があり得ない。とんでもない話だ。憲法を改正して何をしようとするのか、火を見るよりも明らかだろう。ここに改憲問題の本質と怖さがある。

◇◇

 「専守防衛」を踏み越えて、先制攻撃を容認するということは、専守防衛よりもさらに危険が増すことになるのだが。自分自身や家族や友達が戦場に赴いて、銃口を他国民(兵士だけとは限らない)に向け、自分にも向けられるということなのだが。勇ましい言葉を口にする人たちは、そんな覚悟が本当にあるのかね。


5月2日(月曜日) 駅ベスト30

 「鉄道ファンが選んだ本当に行ってよかった駅総選挙ベスト30」(テレ朝)。「タモリ倶楽部」の豪華版やな。やっぱりトップは復元された東京駅だったか。全国の駅の起点だもんね。30駅のうち首都圏や北海道(函館、稚内)や関西など3分の1くらいは利用したことがあるけど、秘境の駅は行ったことがない。ぜひ行って夜景を眺めてみたい。

◇◇

 立憲民主党が今夏の参院選でも再び「民主党」の略称を使うつもりであることには不信感を抱かざるを得ないし、連合に毅然とした態度が取れないことも理解できないし、立憲の幹部には疑問や不満だらけだが、しかし立憲民主党の幹部政治家らに対する暴力行為は断じて容認できない。言論・表現・報道・思想・信条・良心の自由を否定し侵害するいかなる暴力行為にも反対する。絶対に許してはならない。


5月1日(日曜日) 改憲も加憲も必要ない

 日本国憲法を改正する必要がないのはもちろん、加憲も一切必要ない。この国の民主主義とすべての国民の人権を守るための理念を規定し、権力に暴走をさせないように権力を厳しく縛る最高法規として、現行憲法は過不足ない条文と文言で構成されているだからだ。もし不足があるのであれば、別途法律を作って補えばいい。

 現行の日本国憲法が時代遅れで役に立たないことは断じてない。権力の暴走を縛り国民の自由と人権を保障する憲法を擁護せず、実践せず、あろうことか無視し愚弄し否定しようとする政治家や官僚の方こそが間違っているのだ。権力を縛る現行憲法には、自由と人権の理念が過不足なく規定されている。改憲も加憲も必要ない。


4月30日(土曜日) 3回目接種予約

 新型コロナワクチンの3回目接種を予約。前回と同じ近くの医療機関でファイザーを選択した。接種するのは5月中旬になるが、横浜市の特設サイトからスムーズに予約できた。副反応の不安はあるけど、迷いつつもとりあえず。


4月29日(金曜日) 連合が危うい

 連合のメーデー中央大会に松野博一官房長官が出席。自民党幹部と会食し講演するなど、自民党政権にべったりすり寄る連合の芳野友子会長は、権力側から対等(であるかのよう)に遇され、権力の一員になれたのが(それが勘違いであったとしても)うれしくて仕方ないのだろう。

 労働者の権利を守るために権力や経営側をチェックし、毅然と対峙すべき労働組合の中央組織代表として適任とはとても思えない。なんでこんなのを連合会長にしたんだ。自殺行為ではないか。労働者にも社会にとっても労働組合は不可欠の存在のはずなのに、ジリ貧の組織率はますます低下するに違いない。と危惧する。

◇◇

 ボール判定に不満を示して苦笑いした佐々木朗希投手に対し、白井一行球審がマウンドに詰め寄った騒動について落合博満が言及。「バカにされたという思い込みが強かったんじゃないのかな」。かつて千葉地裁の裁判長が、「こちらを見てせせら笑った」と決め付けて傍聴人を退廷させた場面を思い出した。ジャッジする権限と立場を与えられた人間の思い込みと傲慢。理性と冷静さと、公正で説得力のある振る舞いが問われる。知らんけど。


4月28日(木曜日) 不作為の作為による大量殺人

 知床の観光船運航会社社長には、擁護するような要素が何一つない。事故から4日間も何も説明せず、やっと開いた記者会見では、開口一番「お騒がせして大変申し訳ございませんでした」──。なんだよ「お騒がせ」って。正気の沙汰じゃない。

 船長からの救助要請の連絡をいつ誰から聞いたかの記憶もないという。無線のアンテナや衛星電話が壊れていたことの説明は支離滅裂で矛盾だらけ。事前の安全確認も点検もせず、しかも「携帯電話がある」「同業他社の無線で交信は可能」などと無責任極まりない言い訳ばかり。どの言葉も信用できない。

 そもそも、ろくに気象情報も見ずに出航したことが論外なのだが。何から何まであり得ない。「不作為の作為」による大量殺人ではないか。誠実さも反省もない運航会社社長の対応は度し難く、被害者家族らからどれだけ罵倒され非難され糾弾されても文句は言えまい。擁護できる要素はどこにもない。

 社長の責任はもちろん重大だが、こんなにも不誠実でいい加減な運航会社を、ここまで野放しにしていた行政や監督官庁の責任も、それ以上に問われるべきだ。こちらも「不作為の作為」による大量殺人の共犯に等しい。しつこいけど何度でも指摘しておく。


4月27日(水曜日) 杜撰で無責任

 知床の観光船事故で、運航会社社長が初めて記者会見した。23日の事故発生からこれまでほとんど何の説明もなかった。ようやく開いた会見はいきなり芝居がかった土下座に始まり、形式的な謝罪を読み上げた後、再び数秒間の土下座。質疑応答では「謝罪するしかない」「精いっぱい受け止めるだけ」と繰り返すばかり。

 「出航は船長判断に任せていた」の言葉に驚く。経営体制の問題や安全管理運営の杜撰さについて、責任ある説明はない。台本を読むだけ。船体検査に合格した話や乗船料金の説明を始めるなど、的外れにもほどがある。本当に酷い。過去にもいろいろな不祥事や事故や事件で、大勢の責任者の記者会見があったが、これほど無責任で不誠実で内容のない対応があっただろうか。びっくり仰天する。

 知床の観光船運航会社社長の会見の酷さは突出している。遭難した乗客乗員や家族の方々、観光に真面目に向き合い安全運航している同業他社の皆さんが、あまりにも可哀想すぎる。何回でも繰り返して言うが、こんなにも杜撰で不誠実な運航会社を、野放しにしていた監督官庁の責任は重大だ。同罪に匹敵すると言ってもいい。


4月26日(火曜日) 知床の観光船事故は人災

 北海道の知床半島沖の観光船事故(23日)は、船長の責任よりも運航会社の経営者の問題なのは明らかだろう。無責任で杜撰な対応が論外なのはもちろん、乗客の安全は二の次で利潤を最優先する姿勢は度し難い。気象情報も把握せず海の知識もない素人船長にすべてを押し付け、乗員配置や運航管理もいい加減。

 説明責任さえまともに果たそうとしない。知床の観光船事故は人災そのものだ。こんな会社の観光船に乗ってしまった乗客の不幸を思うと、同情を禁じ得ない。本人はもちろん残された家族は悔やんでも悔やみ切れないだろう。こうしたブラック運航会社を野放しにしていた監督官庁の責任も免れまい。


 学生時代に夏の知床半島を旅行した時の風景を思い出す。ユースホステルの同宿仲間たちと一緒に、険しい山道を登って半島の先端まで出かけた。断崖絶壁には足がすくむ思いだったが、目の前に広がる真っ青な海に感動。帰路はカムイワッカの滝でも遊んだ。知床半島を海から見上げる機会はなかったけど。



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