身辺雑記 

by totoropen (OOKA Minami)


2002年1月1日〜1月31日

●住所録整理に苦戦●年賀状に王手っ!●無事投函●自覚のない銀行●「編集者からの手紙」●I先生の訃報●本人訴訟●転送郵便●描く側の理解と整理●記録者と市民との間●意欲満々の川田龍平さん●記者が証言するということ●幻の名作「タイムトラベラー」●「金髪先生」第7回公判●あらためて「狂牛病」に思う●映画「蝶の舌」を観る●ミニ同窓会●「サード」へのアクセス20万件●へそ曲がり●「ヒカ碁」にハマる?●「金髪先生」第8回公判●反省の弁?●半年ぶりの焼き肉●「NGO拒否問題」●鈴木宗男代議士を外相に!●沖縄豆腐に感動●新記録●●●ほか


1月1日(火曜日) 住所録整理に苦戦

 穏やかな年明け。風が少し強くて薄曇りだけど、気温は高めで、まずまずの元旦と言っていいだろう。だがしか〜し。僕はただひたすら、年賀状の印刷調整や住所録の整理作業に追われるのだった。しかも住所録の整理だけで延々と数時間も費やすはめに…。昨年こしらえたデータが手抜きだったから、必要以上に労力がかかってしまうのである。こういうのを自業自得と言う。しかしこれをきちんとやっておかないと後で大混乱に陥るから、いい加減に済ますわけにはいかない。途中で気が遠くなりそうになるが、何とかやり遂げる。さらに印刷と宛名書きという大仕事が待っているわけだが、とにかく何が何でも、あさっての3日までには発送しなければ。

 郵便だけでもこんな体たらくなので、メールによる新年のあいさつなんか、もうほとんど手の付けようがない。どのアドレスに出せばいいものやら収拾がつかない状態なのだ。たぶんこのまま手付かずになるかも。あるいは、もしかして暇を見つけて送信できたとしても、漏れがたくさん出てくるだろう。まあ、その時はその時だ。う〜む、新年早々、かなり投げやりになっているなあ。少なくとも紙の年賀状はきちんと書き上げるぞ(当たり前だっつーの)。


1月2日(水曜日) 年賀状に王手っ!

 寒いというわけではないけど、かなり強い風が吹いている正月の二日目。さて、年賀状の進行状況だが、プリンター調整の段階で少しばかり手間取ったものの約1時間で印刷を終えて、宛名書きも深夜までかかってすべて終了する。あとは一つ一つにコメントを書けば、投函できるところまで何とかこぎ着けた。やる気を出せばちゃんとできるじゃん(おいおい、そーゆー問題じゃないだろ)。それにしても、こんな三が日はもういやだ〜。旧年中に片付けておかなかった自分が悪いとは言うものの、さすがにうんざりである。4日から仕事を再開しなければならないから、結局は三が日にしわ寄せがきてしまうのだった。今年こそは年末のうちにこういう雑務はすべて終わらせて、来年はゆったりした気分で新しい年を迎えたいと思う(って毎年そんなふうに決意を固めるんだよな=自爆)。

 宛名を書きながら、TBSテレビ系の「ミスター・マリックの超魔術ネタばらし」なるものを何気なく見ていたのだが、これが意外と面白くて画面に釘付けになってしまった。要するに手品は知的な芸術だということだ。相手の思い込みや錯覚を上手に利用したほんのちょっとのアイデアと、流れるような見事な手さばきがすべてだということが、とてもよく分かった。同じくTBSテレビ系の「大阪のおばちゃん千人に聞きました」という番組も、ついついじっくり見てしまって大笑いした。大阪の毎日放送のスタジオに集まった千人のおばちゃんの反応をゲストが当てる番組なんだけど、人生怖いもんなしという「おばはんの生態」をリアルに解説していく上沼恵美子の話術には、本当に爆笑させられる。つーか、テレビでも見ながらでないと、宛名書きなんかやってらんねえっつーの。


1月3日(木曜日) 無事投函

 年賀状物語(笑)のエピローグ。そんなこんなで、ようやくすべての年賀状を投函し終える。夜中に出したから先方に届くのは来週か。で、メールの年賀状もその勢いで、必要なアドレスを拾い上げてどばーっとまとめて送信した。メールの本文はコピー&ペーストで済むけど、個別の文章を付けるものもいくつかあるので、送信するまでに結構手間がかかる。もうぐったりである。


1月4日(金曜日) 自覚のない銀行

 仕事始め。やっと銀行が営業を再開したので、駐車場代金などの振り込みに近所の銀行に行った。そしたら、もともと数少ない自動支払機のうちの一つが故障していて、隣の機械の前に行列ができている。ようやく順番がやってきて驚いた。その機械では振り込みができないというのである。故障している機械にはご丁寧にも「隣の機械をご利用ください」と、張り紙がしてあったからわざわざ行列に並んだのに…。要するに振り込みは窓口で手続きするしかないのだが、客は行列の先頭に到達した段階で初めてその事実を知らされるというわけだ。それなら最初から張り紙にそう書けよな。

 窓口で文句を言ったら「申し訳ありません」という答えが返ってきた。けれども窓口で手続きを待っている間に、張り紙を書き換えようとする気配はまるでない。機械の故障に対して苦情を述べたのではないんだけどなあ。いい加減なことを張り紙に書いて、客の貴重な時間を奪ったことに怒っているんだけど…。それにしても指摘されても何ら対策を取ろうとせず、利用者に無駄な時間を使わせて平然としていられるその神経を疑う。ちんけな田舎の第2地銀だと前から思っていたが、行員の能力も職業意識もちんけで救いようがないことがよく分かる。この銀行はまじでやばいんじゃないか。銀行や信用金庫など金融機関を取り巻く環境の厳しさが、この期に及んでもたぶん全く理解できていないのだろう。


1月5日(土曜日) 「編集者からの手紙」

 昨年暮れに、知り合いの名物編集者が会社を辞めた。「週刊金曜日」編集部の山中登志子さん。ベストセラーになった『買ってはいけない』を企画したことで有名な編集者だ。電磁波や遺伝子組み換え、食の安全、化粧品、合成洗剤、加熱報道、表現と人権、などの問題を精力的に取り上げてきた。まあ、会社を辞める理由はいろいろとあるのだろうが、そんな8年間の編集者生活をまとめた『編集者からの手紙〜「週刊金曜日」と8年』(現代人文社)が、このほど出版された。井上ひさし、本多勝一、野村沙知代、三浦友和、といった人たちに山中さんがこれまで書いた数十通の手紙を通して、編集者としてのこだわりや雑誌編集の舞台裏を振り返る形になっている。「あとがき」に自筆の原稿をそのまま載せるというスタイルも斬新で、なかなか味わい深い。ただ「週刊金曜日」という雑誌のことを知らない人には、ちょっとマニアックで分かりにくいかもしれない。担当編集者によると、事情が分かっている人に向けて作ったとのことだが、雑誌を読んだことのない人でも理解しやすい記述をもう少し入れた方が、より一般的になってよかったのではないだろうか。読者の広がりを考えると残念に思った。


1月6日(日曜日) I先生の訃報

 取材などを通じて親しくしてもらっている高校のI先生が、昨年暮れに急死したことを、きょうになって知り合いから知らされた。58歳。親族とごく親しい仲間だけで密葬を済ませ、葬儀などは執り行わなかったという。突然の訃報に絶句した。新聞記者時代から付き合いはあったが、僕が新聞社を辞めてフリーになってからは特に、何かと僕のことを気にかけてくれ、とてもかわいがってもらっていた。「食べていけてるのか」と心配してくれたり、教育問題や労働問題の背景をていねいに解説してくれたりもしたが、それよりも、記事を書く上であたたかく励まされた方が僕としてはより心に残る。「君の考えは正しい。自分の思っている通りに書けばいい」というI先生の言葉に、どれほど勇気付けられたことだろう。「あいつはいい記事を書いている」と、周囲にもことあるごとに話してくれていたそうだ。これほどやる気が出る一言はない。そんなふうに、精神的に支えてもらっている存在の一人だった。自宅で手作りのミョウガすしをご馳走になったことがある。「どうだうまいだろう」と、ふるまってくれた時のうれしそうな顔を思い出した。教育研究グループの新年会に誘われて、夕方から平塚へ。I先生はこのグループの中心メンバーだった。3月下旬に「偲ぶ会」が開かれることになった。


1月7日(月曜日) 本人訴訟

 赤坂東急ホテルで女性編集者と、いわゆる「ロス疑惑事件」の三浦和義さんを取材。マスコミを相手にしたおよそ300件の名誉毀損訴訟や刑事裁判を通して、日本の司法にどんな感想を抱いているかといったことを聞いた。三浦さんが裁判官を高く評価したのは意外だった。むしろ、不勉強な弁護士や市民の側に批判の矛先は向けられた。弁護士に頼らない「本人訴訟」をするために猛勉強して、法曹と対等に渡り合ってきたという自信もあるのだろう。それに書きたい放題のマスコミが敗訴するのは自明の理で、自分自身の力で多くの勝訴判決を勝ち取ってきた三浦さんにしてみれば、当然の感想かもしれない。取材を終えてから、近くのレストランで夕食。定食が超激安のチェーン店だ。そんなところに居座って、編集者と延々2時間半も雑談。混んでなかったからいいか。


1月8日(火曜日) 転送郵便

 いただいた年賀状をチェックしたら、前の住所から転送されてきたものが60通近くもあった。昨年3月に今のところへ引っ越した際に、せっせと「引っ越しのお知らせ」のはがきを書いて出したんだけどなあ。転居報告のはがきを送るのを忘れた人が、知らずに前の住所に送ってしまうのは仕方ないと思うが、転送されてきたほとんどは報告はがきを送った人たちだった。う〜む、手間ひまかけたのに意味がなかったってことか。これならいっそのこと、今年の年賀状まで引っ越しの報告をしないで、放ったらかしておけばよかったかもしれない。たぶん住所録などは作らずに、昨年受け取った年賀状を見ながら書いているのだろう。もちろんきちんと現住所を書いている人も大勢いるわけだけど、かなりの人たちが報告はがきなんか確認していないことがよく分かった。なんだか気が抜けた。


1月9日(水曜日) 描く側の理解と整理

 「ヒカルの碁」は原作コミックスもテレビアニメ版も、どちらも面白い。囲碁を知らない人でも楽しめるとてもよくできた作品だ。そればかりかこの漫画には、なぜかあっという間に読めてしまうという不思議さがある。そう思っていたら、テレビの方も見ていて時間が過ぎるのがとても早く感じるのに気付いた。たぶん練りに練られた構成とストーリー展開に、吟味されて単純化された登場人物の言動が加わって、読みやすく見やすい作品に仕上がっているからだろう。これは文章の場合も同じだと思う。描く側が問題点や背景や構成を十分に把握してこれ以上ないほど咀嚼できていると、複雑な内容の記事でも読者の頭にすっと入るようになる。自分自身がきちんと理解して整理できていれば、記事の構成や流れがぎくしゃくしたりしないから、出来上がった文章は確かに分かりやすくて読みやすい。もちろん「すーっと読める」記事の背景には、それなりの取材の積み重ねと苦労があるわけで、だから「ヒカルの碁」にしても受け手の側は簡単に読み飛ばしているけど、作者はかなり勉強しているんじゃないかなあと想像する。


1月10日(木曜日) パワーダウン

 何となくノラないというか労働意欲がわいてこないが、あちこちに電話をかけたり資料整理をしたり、はたまた仕事関連の本を読んでみたりとデスクワーク。ノリが悪いのは風邪気味でパワーダウンしているから、というのもあるかもしれない。というわけできょうはもう、とっとと寝てしまおう。


1月11日(金曜日) 記録者と市民との間

 ジャーナリストとしての職業倫理というべきか、言論・報道の自由を守るということと、そしてそのもう一方にある市民としての責任との間で、一人の記者としてどういう対応をすればいいのだろうと、きのうからかなり悩んでいる。まだこの段階では詳しいことを書くわけにはいかないのだが、いずれにしても数日中に結論を出さなければならない。簡単に言えば「記録者の役割」と「人道主義」との衝突と説明してしまっていいのだろうか。で、信頼する人たち3人に意見を聞いた。いずれももっともな助言だったが、なかでもきょう聞いた大先輩の著名ジャーナリストの言葉には、とりわけ勇気付けられた。「君がジャーナリストとして納得できる論理を組み立てたのであれば、どちらの結論になったとしても問題はない。そこまで悩んで考えて判断したということが大事なんだから」。まだまだ判断はつきかねて揺れている最中なのだが、この一言でかなり気持ちが楽になった。いつも困った時ばかり一方的に相談に乗っていただいて、本当に申し訳ありません。それにしても記者というのは、なんてやっかいで面倒な職業なのだろうとつくづく思う。

 霞が関の弁護士会館で弁護士を取材。裁判官の在り方について、参考になる意見をいろいろと聞く。その後で東京地裁へ。法廷の方はあんまり成果がなかったが、裁判所地下の喫茶店で遅い昼食を食べていたら、会いたいと思っていたT弁護士とばったり出くわす。以心伝心だなあ。新年のあいさつを交わした。

 日本テレビ系の金曜ロードショーで、久しぶりに「風の谷のナウシカ」を見る。やっぱりこの時代の宮崎駿アニメは、純粋でさわやかですっきりしていていいよなあ。夢とロマンにあふれている。


1月12日(土曜日) 意欲満々の川田龍平さん

 教員に対する管理強化をめぐる集会を、東京・多摩市で取材。それにしても多摩は遠い。往復で4時間以上というのは、なかなか辛いものがある。へろへろになってしまう。会場に来ていた薬害エイズ被害者の川田龍平さんと久しぶりに話をした。2年前に取材で自宅にうかがって以来だ。「週刊金曜日」に掲載されている僕の記事を読んでくれているという。元気いっぱいで「ベンチャーの時代でもあるからから自分で学校を作りたい。フリースクールを近いうちに開校する予定なんですよ」と話してくれた。意欲満々の笑顔にうれしくなる。会場に『日の丸がある風景』の単行本を持参した。ほぼ完売。懇親会に顔を出して午後11時半帰宅。昼間は春先の陽気だが、夜になると急に気温が下がってかなり寒い。


1月13日(日曜日) 記者が証言するということ

 記録者と市民という「二つの立場」の間で悩んでいた問題は、なんとか無事に解決した。実はある刑事裁判で、被告側の証人として証言を求められていたのだった。被告弁護側は僕の書いた記事を証拠の一つとして申請し、検察側も同意して採用されているので、記事を読んでもらえばいいじゃないかと思っていたのだが、どうやらそれだけでは足りないということらしい。これまでの法廷内外での取材を通して、奇異に感じる事柄が確かにいくつもあったので、事実関係をきちんと述べてあげたいと個人的には思っていた。しかし証人として出廷すれば、取材活動で知り得た内容を話さなければならなくなる。もちろん検察側の反対尋問もあるだろう。公刊されて活字になった記事と、取材内容を証言することは全く別ものだ。果たしてそれで、記者の独立性と中正さを敢然と保つことができるだろうか。そこのところで葛藤があって揺れ動いていたのだ。

 「記者だって市民社会の一員なんだから、捜査や司法に対して協力したり、人命救助や人道主義など市民モラルの立場に立って責任を果たしたりすればいいじゃないか」と、世間一般は考えるかもしれない。しかしそう簡単に割り切れないところに、ジャーナリズムの難しさがある。「取材した結果は報道以外の目的には使わない」というのはジャーナリストの基本原則だ。これは取材状況や情報源を秘匿することでもある。ジャーナリストとしての職業倫理と言ってもいいだろう。そうまでして原則にこだわるのは、言論・報道の自由を守るためにほかならない。憲法が保障する「言論、出版その他一切の表現の自由」は、基本的人権を含むすべての自由を守るための基礎である。だからこそジャーナリストは、記録者・観察者としての役割や責任や職業倫理にこだわる。

 もう一つ、記者は当事者になってはいけないという問題もある。自由な立場で深く取材することによって、関係者より公正な視点で事実が見えてくるからだ。もちろん、取材対象と全く無関係に空気のような存在でいることが不可能なのは言うまでもないし、人道主義の立場から知らないふりができない場面にも出くわす。しかし、どこからどこまでが当事者かというのは難しい問題だ。基準だとかマニュアルがあるわけでもない。それでも記者であるからには、取材対象と一体化してしまうことは避けなければならない。ぎりぎりの一線を超えない努力が求められるからこそ、あれこれ悩む。

 そんなわけで、「法廷で証言するなんて面白そうだし、心情的にも取材を通じて得た心証からも事実を証言してあげたい」といった個人的な思いと、ジャーナリズムの原則との間で揺れ動いていたのだが、結果としては証人にはならないことになった。事件の担当弁護士が「やっぱりジャーナリストは証言しないで取材活動に専念した方がよい。それほど悩んでいるなら無理に証言することはない」と言ってくれたのだ。ほっとしたというのが正直な感想だが、深く考える作業を通じて本当にいい勉強になったのも事実。自問自答する機会を与えてくれた関係者に感謝したい。いちいち悩んで考えるのは記者の大切な仕事なのだから。


1月14日(月曜日) 幻の名作「タイムトラベラー」

 編集事務の女性から年末に借りた「NHKアーカイブス」の録画ビデオをようやく見た。「少年ドラマシリーズ」として1972年に放送され、幻の名作といわれた「タイムトラベラー」である。放送当時に大変な反響を巻き起こしたにもかかわらず、制作したNHKにもオリジナルビデオが残っていなくて、長い間ずっと再放送もされなかったために「幻の名作」と言われれていたのだ。ところが視聴者が家庭用ビデオでたまたま録画していた最終回が見つかり、連絡を受けたNHKが画像と音声に修復を施した。そんな貴重なテープが「アーカイブス」の番組で放送されたのだった。

 筒井康隆原作の「時をかける少女」をベースにした「タイムトラベラー」は、当時小学生だった僕の記憶の中にも衝撃的なイメージとして残されていた。学校でも友達の間で話題騒然だったような気がする。「気がする」というのはやっぱりかすかにしか覚えていないからだが、それでもあの不思議で切ない音楽と映像と物語は、再放送という形で見ることができなかったがゆえに、余計に印象深くインプットされているのだった。で、30年ぶりに見た映像は…。なんといっても音楽が独特の世界を形づくっていて、懐かしい思い出がすーっとよみがえってきた。こうやって改めて見てみると、スタジオ収録したと思われるセットはみすぼらしい限りだし、主人公の芳山和子やケン・ソゴルの演技も決して上手だとは言えない。だけどそのちゃちい作りこそが、僕たち子どもにとってはドキドキさせるすべてだった。あの安っぽさが、なぜだか「少年ドラマシリーズ」の不思議な世界をつくっていたんだよなあと思う。

 それにしても、あの時代に家庭用ビデオを持っていて録画できたなんて、どんな家庭だろうと思わず想像してしまう。よほどと言うよりも相当に裕福だったのだろう。まあ、そのおかげで最終回だけでもこうやって映像が見られたのだから感謝しなければ。「アーカイブス」では「少年ドラマシリーズ」のもう一つの名作「ユタとふしぎな仲間たち」も放送されたが、こちらはきれいな映像が残されていて、僕もこれまで何十回も見てその度に感動している。こちらは演技も演出も風景も申し分のない名作だ。岩手の金田一温泉を舞台に1年間かけて撮影されたというから、お金も時間もたっぷり投入されている。「タイムトラベラー」の最終回など「少年ドラマシリーズ」は、NHKソフトウエアからDVDでいくつか出ている。やはりDVDプレーヤーを買うしかないかなあ…。


1月15日(火曜日) 「金髪先生」第7回公判

 千葉地裁で、「金髪先生」の第7回公判(小池洋吉裁判長)を傍聴取材。この日は約4時間にわたって、弁護側の被告人質問が行われた。まず、これまでの授業実践や教育理念を聞かれた「金髪先生」は、「知識を詰め込んで丸暗記させるだけでは、学校嫌いが増えるだけだ。子どもたちが飛びつくような工夫した教材を使って、体験学習させる面白い授業に取り組んだ」と述べた。続けて、「しかしこうした実践は管理職には受け入れられず、組合活動をめぐるトラブルもあって、校長による授業への嫌がらせや介入が続いた。担任を外され、校長から暴力を振るわれることも日常茶飯事だった」と述べ、管理職との対立の根深さを訴えた。また事件当日の状況については、「前に立ちふさがる校長を避けようと車を前後に動かしたら、校長が車体の前部に手を付いて押してきた。車を止めてもまだ押していて、しばらくすると校長がぼろっと転んですぐに跳ね起きた。私の方からは当てていないし車を動かしてもいない」などと説明し、「車を急発進して転倒させた」とする検察側主張に反論。「校長が転ぶようなふりをしてポーズを取ったのは二回。これはもう確信犯で、でっち上げだと思った」と主張した。

 ところで、居丈高で強権的な訴訟指揮(法廷指揮)をする裁判官はけしからんし許し難いけど、開廷中の法廷で傍聴人がああだこうだとぶつぶつ私語するのもどうかと思う。審理の流れや供述を懸命にメモしているというのに、気が散って仕方がない。ほかの傍聴人や記者も迷惑していたんじゃないだろうか。不愉快そうな顔をしていた人もいたもんな。閉廷してからだったら構わないと思うが、少なくとも開廷中は静かにしていてほしい。いびきをかいたり合いの手を入れたりされると、はっきり言って迷惑だ。いや、きょうはいびきをかいていた傍聴人までいたのだ。周囲に迷惑をかけないというのは、社会人としてのマナーの問題だろう。傍聴席にはいろんな人が来ているんだから、ひとりよがりの傍若無人な言動をしていると、せっかく正しい訴えや主張をしていても世間一般の支持が得られなくなって、浮いてしまうと思う。


1月16日(水曜日) 加筆修正のお知らせ

 1月13日付「身辺雑記」の「記者が証言するということ」に、少しばかり加筆修正を加えた。誤字脱字や固有名詞の訂正といったもののほかは、通常は過去の「身辺雑記」を書き直したりはほとんどしないのだけど…。しかし取材者と取材対象とのかかわり方に関しては、僕がこの仕事を選んでからずっと考え続けてきて、今もまだ結論が出ていない重要課題の一つでもあるので、なるべくきちんとした文章として残しておきたいと考えて少し書き直した。趣旨や全体の文章に変更はない。たまたま再読する人がいて、「あれ、前に読んだのと何だか違う…」と疑問に感じて眠れなくなったりすると困るので(そんなやつはいねーって)、アナウンスしました。


1月17日(木曜日) あらためて「狂牛病」に思う

 図書館の近くにある定食屋に久しぶりに入ったら、何とすき焼き定食が「鶏すき定食」になっていた。すき焼きの定番であるはずの牛肉でなくて鶏肉なのだ。「すき焼きとの相性が最高の地鶏」などとPRしている。なるほどなあと感心しつつ、水餃子定食を食べて外に出たら、その店のすぐそばにあるビビンパ・韓国料理チェーン店では、新しく「鶏肉タッカルビ」なるメニューを店頭で大々的に宣伝していた。ここでもまた牛肉に代わる食材として、鶏肉が注目されているのだった。う〜ん、どこも考えることは同じなんだ。確かにこのごろ牛肉を食べなくなったもんな。その代わりに豚や鶏や魚介類を選ぶようにしているもの。

 しかしそもそも牛たちには何の罪もない。生産性向上と利潤追求のために、自然の摂理に反する「肉骨粉」なんてとんでもないものを、無理やり牛たちに食べさせたのが悪いのだ。もともと草食動物である牛に「肉骨粉」を食べさせるなんて…。しかも死んだ仲間の牛を「リサイクル」して粉砕し、成長を早めるために食わせるだなんて…。まさに共食いである。いくら利潤追求が目的だからといって、よくそんなひどいことができるものだ。良心的な酪農家はそんな残酷なことはしないだろう。

 四国にある祖父母の家では何頭か牛を飼っていた。小学生のころ夏休みになると毎年のように遊びに行って、祖父や叔父がえさの乾し草を与えたり、早朝から乳を絞ったりするのを見ていたから、牛には親しみを感じている。祖父母はもう既に亡くなって確認はできないが、当時は牛たちに乾し草と、せいぜいフスマなど雑穀を混ぜて食べさせていたはずだ。幼いころに、祖父から「牛は草を食べて大きくなるんだ。肉は食べないんだよ」と教わった記憶がある。それだけに、牛に「肉骨粉」を食べさせて共食いさせていたという事実は、ちょっと信じられない。「狂牛病」というのは、自然の摂理に反して神を冒涜した行為への天罰ではないかとさえ思う。別に特定の宗教を信じているわけではないんだけど。


1月18日(金曜日) 映画「蝶の舌」を観る

 東京高裁に行ってから銀座へ。シネスイッチ銀座で「蝶の舌」を観る。軍事クーデター前夜のスペインを舞台に、8歳の少年の成長と老教師との交流を描いた作品だ。友達、自然、愛、自由といったものを学びながら少年は人生を体験していく。「蝶は渦巻き状の舌で花びらの奥の蜜を吸う」ことも先生から教わった。ところが戦争が始まって、国家主義・ファシズムの空気に国全体が覆われる。「アカ」のレッテルを張られて逮捕されていく老教師たち。少年の命を救ってくれた老教師にあれほど感謝していた少年の母親は、群衆の前に引きずり出された先生に「犯罪者!アカ!」と罵声を浴びせる。そして少年も同じように叫ぶ。「不信心者!アカ!」──。連行されて走り出す車を追いかけ、みんなと一緒に石を投げつけながら少年は叫んだ。「蝶の舌!」。

 う〜ん、悲しくなる作品だ。自分の身を守るためなら自尊心も誇りも捨てて、何だって平気でやってのける大衆心理。その卑劣さと醜さに怖くなった。でもたぶんそれが、圧倒的多数のフツーの人々がとる行動なのだろう。ちなみに原作では、少年は必ずしも石を投げたわけではなく罵声も浴びせないそうだが、そちらの方がすっきりしていて分かりやすいと思う。監督の言いたいことはよく理解できるが、映画全体としてはちょっとかったるい感じがした。

 この日の客は9割以上が女性だった。映画館に足を一歩踏み入れて少したじろいでしまう。そう言えば金曜日は、女性客の料金が半額になる「女性デー」だったのだ。それでこんなに女性ばっかりなのかと納得する。優遇されていていいよなあ。うらやましい。


1月19日(土曜日) ミニ同窓会

 中学時代のミニ同窓会をやるからと誘われて、東京・恵比寿の小洒落た料理店へ。言い出しっぺが友達から友達へと声をかけていったようで、クラスも部活も異なる男女20人ほどが集まった。すっかり変貌してだれだか全く分からない顔もあったが、しばらく話をしているうちに昔の顔と一致して、そればかりか何の違和感も感じなくなっているから不思議だ。ちなみに僕は、みんなから「まるで変わってないからすぐに分かった」と言われた3人のうちの一人である。これって喜んでいいのか悪いのか、どんな反応をすればいいものやら…。まあ、みんな人間の本質は何も変わっていないことがよく分かって、なかなか興味深いものがある。中には最後まで顔と名前が一致しない人もいたんだけど、しかしそれはクラスが違っていたりして、もともと記憶にないのだから仕方ないよな。ともあれみんな同級生なのでだれにも気を使う必要はなく、遠慮なしにタメで話せるのが気楽で気持ちいい。2次会はカラオケ。始発まで大騒ぎして盛り上がった。


1月20日(日曜日) 更新情報

 「セカンドインパクト」を更新。「つくられる『指導力不足』教員」のルポルタージュをアップしました。「『偏向授業』と決め付け」の続編にあたる記事です。なんやかやと忙しくて、ほぼ2カ月ぶりの更新です。ちょこちょこのぞいてくれていた皆さま、本当にすみません。


1月21日(月曜日) 「サード」へのアクセス20万件

 首都圏は土砂降りの雨と強風に加え、雷鳴までとどろくという大荒れの天候だった。夜になって暴風雨が止むと春先のような暖かさである。一昨日の凍えるような寒さとは打って変わって、上着がいらないくらいだ。このところ寒暖の差が激しすぎる。

 「サードインパクト」へのアクセス数が20万件を超えた。いつもご贔屓(ひいき)にしていただいて、ありがとうございます。ちなみにサイト全体のアクセス状況をざっと総括すると、「サード」内の「となりのトトロのページ」は相変わらずの断トツ人気で、わずか1年半のうちに25万件のアクセスをカウントしている。あっという間にフロントページを抜き去った。やっぱりアニメや漫画や映画のページは熱心な訪問者がいて、かかさず読んでくれている人が多いみたいだ。ちなみに「セカンドインパクト」は、「サード」の4分の1ほどのアクセス数である。毎日のように訪問してくださる方々に心から感謝します。それなのに、このところ更新をサボりがちなのが心苦しい限りです(ぺこり)。

 ところで、ホームページに掲載している文章が、インターネット上のほかのサイトや活字媒体に、引用されたり転載されたりすることがたまにある。あらかじめ断りがある場合と無断の場合とがあって、時間がないし面倒だからどっちにしてもあまり目くじらは立てないようにしているが、もちろん悪質な場合は法的手段も検討するつもりだ。それはともかく自分の未熟な文章をよそで見ると、かなり恥ずかしい気持ちになる。「セカンドインパクト」の文章はどれも新聞や雑誌などの活字メディアに発表したものだから、それなりに推敲を重ねたものばかりだし、「サードインパクト」の映画評やアニメ作品に関する考察などにしても、自分なりに何回も吟味したうえでアップしているからさほど問題はない。

 困るのは「身辺雑記」の文章である。これはタイトルが示すように「雑記」なので、メモや備忘録のような感覚で書いている部分がなきにしもあらずなのだ。もちろん一応は何回か読み直したりはしているけど、睡魔に襲われながら書いていたり、酔っ払って書いていたりする時もあるんだよなあ。へらへら口調で書いている文章が転載されているのをよそで見かけたりすると、ものすごく情けなく感じる。どこでだれが読んでくれているかわからないし、それらがどこでどんな形で引用・転載されるかわからないわけだから、なるべくどの文章も心して書かなければと思って反省するきょうこのごろである。


1月22日(火曜日) 光熱費

 きょうも首都圏(横浜)は暖かくて、3月下旬の陽気だそうだ。とても過ごしやすい。だがしか〜し。東京電力の今月の請求書を見て大ショック。電気料金が大台を超えて、とんでもない金額になっているではないか。エアコンをつけっ放しにしている日が多かったからなあ…。うーん…。自宅で資料整理や取材のまとめなどデスクワークをしていると、光熱費がたくさんかかってしまうし…。やっぱり寒くもなく暑くもない温暖な季節が一番だ。花粉は困るが。

 新潟の少女監禁事件で、被告の男に懲役14年の実刑判決。あまりにもひどい事件なのでコメントのしようがない。本件の逮捕監禁致傷罪(最高10年)に、さらに併合罪として窃盗罪(最高10年の半分)を加えた検察側の求刑にはいろいろ議論もあるだろうが、被害者の失われた時間を考えると何とも判断に困るところだ。ただし少なくとも罪刑法定主義と法治主義の原則には、厳しく従わなければならないと思う。適正手続きは民主国家の基礎基本だから。そういう意味ではぎりぎりの選択だったと言えるかもしれない。


1月23日(水曜日) へそ曲がり

 電話でアポ取りとか、仕事の関係で読まなければならない本を読むとか、取材のまとめだとか…。要するにいわゆるデスクワークに専念する。ところできょうは「ヒカルの碁」の日である。コミックスを読んだり、テレビアニメ版を見たりしていると、だんだん「ヒカ碁」のファンページを作りたくなってきた。もちろんそんな暇はないから、自分で作るなんてとても無理なんだけど。ちなみにネット検索をしてみると、関係するホームページは千以上あるようで、その人気ぶりがよくわかる。しかしまあ僕はへそ曲がりで、ほかの大勢の人たちが既にやっていると手を出したくなくなるという性格なので、そうなってくるとたぶん一人のファンとして作品を楽しむことに専念するのだろう。これがほとんどファンページがなかったりすると、俄然やる気になるはずである。

 これって仕事でも同じで、ほかの記者がわーっと押しかけるような取材対象や事件には、取材意欲があまりわいてこない。大勢の記者が関心を示しているのなら、別に僕が取材しなくてもいいじゃん…と思ってしまうのだ。だから同じテーマを扱っていても、よく知られている有名な事件には触手が動かない。そんなものをおさらいするよりも、みんなが知らないような事実を掘り起こして、それをもとに問題点を明らかにしていく方を僕は好む。もちろん大勢の記者が追いかけているようなニュースでも、みんなの視点が僕の考える視点や感覚と全然違っていれば、猛烈に取材意欲がわいてくるのだから、それなりの天の邪鬼ぶりだと自分でも思う。


1月24日(木曜日) 「ヒカ碁」にハマる?

 きのうに続いて再び「ヒカルの碁」の話を書くのも何だかなあと思うが、発売されたばかりのテレビアニメ版のオリジナル・サウンドトラック・アルバムを買った。売れ行き好調のようで残り2枚しかなかったうちの1枚をゲット。ちょっと高いけどなかなかの名盤ではないかと思う。で、サントラを聞きながら昨年末発売のコミックスの15巻を読む。単行本も売り切れ店が多くて入手しずらい。取材の帰りに横浜・関内の大きな書店でようやく購入した。この最新巻は、背後霊の藤原佐為が進藤ヒカルの前から突然消えてしまうというストーリー展開で、何とも切なくなってくる内容である。コミックス派で雑誌連載は読まないから、続きはしばらくお預けだ。う〜ん、かなりハマってきているような気が…。


1月25日(金曜日) 「金髪先生」第8回公判

 千葉地裁で、「金髪先生」の第8回公判(小池洋吉裁判長)を傍聴取材する。前回に引き続いて弁護側による被告人質問と、さらに検察側の被告人質問が行われた。「金髪先生」は警察・検察の取り調べや提出証拠の不自然さを批判するとともに、市教委や校長らの対応の不当性を重ねて指摘し、今回の事件は「管理教育批判への逆恨みと私怨によるものだ」などと主張した。検察側は、これまで管理職らが非難してきた「金髪先生」の「教員として不適切な言動」について一つ一つ確認し、これに対して「金髪先生」は、いずれも「事実と異なる」として否定した。

 それにしてもきょうの公判はえらく眠くて、途中で何度もウトウトしてしまった。弁護側も検察側も気の抜けたような質問が続く。検察はどんな厳しい質問をするのだろうと思っていたら、被告人に対する不信感を解消させようと、むしろ手助けしているような内容だし…。もう結論は見えて勝利を確信しているから、一応本人に反論させてみただけなのかな。

 公判が早く終わったので、東京駅構内の喫茶店で都立高校の先生と雑談。夕方から東京・市ケ谷へ。都教委による教員処分の取り消しを求めた民事事件について、担当弁護士に話を聞く。


1月26日(土曜日) 反省の弁?

 一日中ほとんどずーっと爆睡。食事と新聞を読む時間以外は、だらだらとひたすら惰眠をむさぼり続ける。前日の睡眠時間が3時間だけだったからというのもあるが、にもかかわらず朝方まで電脳空間をさまよっていたのも大きな原因だ。う〜む、本当はそんなことをしている暇はないんだけどな。取材をまとめて原稿を書いて、そのほかに雑用を片付けて読まなければならない本もたまってるし、さらに税務署から確定申告の書類も送られてきた(提出期限はまだ先だけど、面倒くさいからこれはまじで憂鬱)。とにかく、やらなければならないことは山のようにあるんだっつーの。まったくただでさえ足りない時間を、現実逃避に費やしてどうするんだよ(まさに自爆)。おまけに生活のサイクルとリズムもめちゃくちゃだなんて…。深〜く反省。とりあえずインターネットはしばらくの間、仕事で調べものをするほかはなるべく使わないようにしよう。HPの更新作業も手際よく、ちゃっちゃっと済ませる努力が必要だな。


1月27日(日曜日) 半年ぶりの焼き肉

 午後から、東京・水道橋の新聞労連で会議。地方テレビ局が制作したドキュメンタリー番組のビデオを2本見る。一つはハンセン病患者と熊本地裁判決を追ったもの。もう一つは水俣病と取材記者の在り方を問いかけていく。前者のハンセン病の番組は、見ていて退屈した。決して悪い番組ではなくて、真面目に良心的な取材をしているのはよく分かるのだが、普通のニュース映像番組とさほど変わらない。だれもが思いつくような問題点の指摘とインタビューが繰り返される。だから心を揺さぶられないのだ。驚きや怒りや共感性に欠けると言っていいだろうか。取材はそういう事実をどれだけ集められるかが勝負だ。そしてその中から一番説得力のあるエピソードを厳選し、どのように効果的に提示できるかにかかっている。これはテレビでも新聞でも雑誌でも同じだと思う。

 一方、水俣病を取り上げた番組は、全国紙記者が自分の取材不足を反省し、水俣病とその一連の報道を振り返るという構成だ。この番組を作った記者自身は社会の矛盾に対してどういう取材をするつもりなのか、肝心のそこのところに疑問が残るが、描かれている新聞記者たちの検証作業は実に興味深い。中でもわずか千部発行の手書きガリ版の地域新聞が、実はチッソの企業犯罪を鋭く告発する特ダネ記事を連発していたというくだりは、ジャーナリズムの本来あるべき姿を見事に提示していて感動させられる。番組自体の評価をうんぬんするというより、ここで描かれている新聞記者たちを通して、ジャーナリズムは何をするべきかを問い直すべきだ。そのための好素材ではないだろうか。…とまあ、新聞労連でビデオを見ながら午後8時までそんな議論をした。有意義な議論だった。

 会議終了後、なーんと半年ぶりくらいに焼き肉屋に行ってしまった。「よく食べに行っているよ」とみんなが言うので、ついつい。松坂牛と近江牛を専門に扱う老舗だそうで、店は結構繁盛して混雑している。まずは生ビールで乾杯。次にマッコリ。さすがに骨付きだけは避けて、カルビやロース、タン塩、ナムル、カニキムチ、などを頼む。とろけるような上質の肉でめちゃうまい。だれかがセンマイを頼んだが僕は遠慮した。最後はカルビクッパで締める。味は文句なしで腹いっぱいだったけど、会計の段になって値段がとんでもなく高いので驚く。そんなに高級な店だったのかあ。そーゆーことは店に入る前に言っておいてくだされ…。新聞社を辞めて今はフリーランスなんだから、貧乏なんだっつーの。


1月28日(月曜日) 「NGO拒否問題」

 電話応答に明け暮れる。こちらから20件くらいかけてアポ取りなどをしていると、その合間にあっちこっちから電話やファクスが入ってくるという具合なのだ。しかしなんでまた、そんなふうに電話が集中するかなあ…。あ、家の中にいるからか…。

 いわゆる「NGO拒否問題」で国会内外が混乱しているが、どうもメディアのピンぼけ論調が目につく。田中真紀子外相と外務官僚と鈴木宗男代議士が「言った言わない」でまたまた揉めてるよ、ホントに真紀子サンも仕方がないね…なんていう次元の問題ではないはずだ。問題の本質は次の2点。外務省が国際会議からNGOを排除したことと、そのために鈴木宗男代議士が外務省に圧力をかけたこと。この2つがポイントなのであって、これはどちらも事実が確認されている話だろう。外務省によるNGO排除が、世界中に日本の恥をさらした「国辱もの」の騒動だったのは自明のことで、田中外相がNGOの国際会議参加を外務官僚に命じたのは実に適切な行動だった。NGOの意義を理解していないのはだれか、NGOを排除しようとしたのはだれか。小学生でも分かる話だ。「言った言わない」の背景にある本質を見ず、ひたすら問題を矮小化させようとするメディアはよほど間抜けなのか、あるいは意図的な考えがあってやっているとしか思えない。ま、うやむやにはしないで徹底的にやってほしいね。


1月29日(火曜日) 鈴木宗男代議士を外相に!

 東京・四谷の出版社で単行本の打ち合わせ。担当編集者と意見が食い違って、しばし激論のようになるがなんとか一致。打ち合わせ終了後、同社の編集長と別の出版社の編集長ら総勢4人で、四谷三丁目の京風おでん居酒屋へ。熊本焼酎のお湯割りに大きな梅干しを入れたのが、おでんに合ってうまい。壁に牛タンなどいくつか牛肉のメニューが出ている。おかみさんは「狂牛病が心配だから牛はないんですよ」と胸を張った。なんだか切ない。

 午前1時に帰宅してテレビを付けると、田中真紀子外相と野上義二外務事務次官の更迭を、小泉首相が決めたとの速報が流れる。そんでもって、鈴木宗男代議士も衆院国会対策委員長を辞任するんだそうな。国会審議を混乱させた責任を感じ、補正予算案や予算案を通すために国益を重視しての判断なんだってさ。あ〜あ、やっぱりそういう幕引きをするんだなあと思わず笑ってしまう。何の解決にもなっていないし、外務官僚と特定代議士との不透明な関係を真相究明するにはもちろんほど遠い結論だ。それじゃあ、この際だからいっそのこと、田中外相の後任には鈴木代議士を任命してみたらどうだろうか。外務官僚とも仲良しだからいいんじゃないの。きっと素晴らしい外交を展開してくれると思うよ。


1月30日(水曜日) 沖縄豆腐に感動

 お茶の水の出版社のMさんとフリー編集者のMさんに誘われて、東中野の沖縄居酒屋へ。ほかに、広告代理店の営業マン氏と女子高の先生という面白いメンバー構成だ。どの料理も素晴らしくおいしかったが、中でもソーミーチャンプルーと「寄し豆腐」には感動した。「寄し豆腐」というのはふわっとしているから、最初は卵のおすましかと思ったら豆腐だと聞いてびっくり。寄せ豆腐みたいなものなんだけど、沖縄の海水を加えた独特の方法で仕上げていて、寄せ豆腐とは味もまるで違う。この店の手作りで、手間がかかるので一日に8人前しか出さないそうだ。これまで何軒か入った沖縄料理店の中で、たぶん一番うまいものが出てくる店のような気がする。泡盛りの水割りもなかなかの味だった。え、泡盛りを水で割るなんて邪道じゃないかって。そんなに酒が強い方ではない僕としては、度数の高い泡盛りをストレートで飲むなんて芸当は無理です。


1月31日(木曜日) 新記録

 取材の途中にふらりと通りかかったお茶の水で、約5カ月ぶりに髪の毛をカットする。忙しかったし面倒だったというのもあるが、いくら何でも5カ月間も放ったらかしというのは新記録。さすがにいかがなものかっつーわけで、たまたま目に留まった店に入ったのだ。店の人も「切り甲斐がありますねー」と笑っていた。きょうは2時間ほど仮眠しただけで朝から外を回っているので眠くてたまらないけど、取材の成果は上々でかなり中身の濃い話が聞けたし、肩まで伸びていた髪の毛もすっきり軽くなって気分爽快である。せっかくお茶の水にいるので、ぶらぶらと本屋めぐり。夕方、四谷の出版社に顔を出して軽く打ち合わせと雑談を済ませて、早々に帰宅。


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