身辺雑記 

by totoropen (OOKA Minami)


2005年2月1日〜2月28日

●数字と格闘●腰痛●ネット「市民記者」の危うさ●記者ブログへの暴力的攻撃●声量指導●「記者ブログへの暴力的攻撃」その2●「話をさせる」こと●「授業内容で処分」控訴棄却●学生が語る「都立高校と愛国心」●草加で旧交を温める●リベラル●グズグズ●会見出席、帰宅後ダウン●それでも執筆●立て続け●当面の原稿はすべて出稿●いざ鎌倉●なんとか乗り切った●完全休養じゃないじゃん●予備取材●露骨なのが不思議●ドアtoドア●無断転載●マジっすか取材拒否●●●ほか


2月1日(火曜日) 数字と格闘

 一日中ずっと雑用。午後からはひたすら数字と格闘する。ちまちまと昨年夏以降の経費の計算。こういうデスクワークは気が滅入るんだよなあ。しかし嫌でも苦手でもやらなければならない作業なんだけど。とりあえず当面やるべきことは片付けたが、実はこれはほんの序の口。この後には、毎年の恒例行事である「確定申告」が控えているのだった。こればっかりは「国民の納税義務」なので、それこそ面倒くさかろうが何であろうが逃れようがない。電卓を片手に、領収書や出納簿や支払調書とにらめっこをすることになる。考えるだけで憂鬱になってくるなあ。ああ、面倒くさいよ…。いつものように、提出期限ギリギリまで放置しそうだ。


2月2日(水曜日) 日々勉強

 ジャストシステムのワープロソフト「一太郎」とグラフィックソフト「花子」について、松下電器産業が「特許権侵害だ」と訴えていた訴訟で、東京地裁は特許権侵害を認め、両ソフトの製造・販売の禁止などを命じる判決を言い渡した。確かに有名ソフトに対して異例の判決ではあるけど、Macユーザーの僕にはほとんど縁のないソフトでもあるし、ふーんという感想しかなかったのだが、某週刊誌から取材を受けてしまった。判決を言い渡した裁判長についてコメントを求められたのだ。知的財産の分野は不勉強な部分があるのでちょっと焦る。突然聞かれても『裁判官Who's Who/首都圏編』の本に書いてある以上のことは言えず、ましてや取材源の秘匿は記者の義務だから、詳しい話をしてくれる弁護士を紹介するわけにもいかず、あまり期待されていたような協力ができなくて申し訳なかった。決して意地悪や嫌がらせをしたわけではない。どこのメディアであってもお互い様だから、協力できることは協力するというのが僕のスタンスだ。それにしても日ごろから何にでも関心を持って、勉強を怠らないようにしておく必要性を痛感した。


2月3日(木曜日) 腰痛

 この3日間ほど腰痛に悩まされていた。変な姿勢で寝たためか妙にひねったためか、最初は体を動かすのも大変なくらい痛かったのだが、ようやく少し和らいできた。不自然な姿勢で重い物を持ち上げたり腰を曲げたりすると、これまでもごくたまに腰にくることはあった。だけど今回はかなり辛くて(年齢のせいなのか)、労働意欲がなくなるどころの話ではない。昨日まではベッドから起き上がるのも、室内を動くのも勘弁してほしいといった感じだった。話に聞いていたギックリ腰は、たぶんこれよりももっと重症なんだろうかなどと冷静に想像してみたり。いずれにしても辛いことには変わりはない。世の中には腰痛で悩んでいる人がかなり大勢いるようだが、こんなに大変なのかと実感した(できればそんな実感はしなくていいんだけど)。


2月4日(金曜日) 感触

 電話で予備取材。概論的な情報をいろいろと仕入れる。まだ漠然とした状態しか理解できていないが、本格取材して原稿執筆ができそうな感触はつかめた(ような気がする)。記事掲載誌や講義資料などをファイルに整理。それにしても資料の山は全然片付かない。いらない本や書類は思いきって捨てないと、たぶんどうにもならないんじゃないかと悟り始めた今日このごろだ。


2月5日(土曜日) ネット「市民記者」の危うさ

 あるインターネット新聞が『裁判官Who's Who/首都圏編』を紹介してくれて、それを受けて「市民記者」の一人が「有意義で面白い書籍だ」と評価する書評を書いてくれた。そこまではいいのだが、その書評に対して別の「市民記者」が、「現実離れし美化された裁判官像」とタイトルを付け、「私はその本を実際に読んだ事はないが…」との書き出しで、「類を見ない画期的な書籍と言えるとの過大評価はおかしい」「裁判官を無批判に偶像化する本だ」などという意見を書き込み、記事として掲示されているのを見た。

 僕の書いたこの本のどこが「裁判官を美化」しているのか、どこが「裁判官を無批判に偶像化」しているのか、具体的な根拠を示してほしいものだ。取材の積み重ねと事実に基づいて、むしろ裁判官を徹底的に評価・批判しているのが本書である。そもそも、「その本を実際に読んだことはない」などと言いながら、よくもまあヌケヌケとこんなデタラメが書けるものだ。笑わせてくれる。およそ常識的にあり得ない「書評記事」ではないか。

 もちろん、自分の書いた記事や本が褒められるばかりでなく、批判にさらされることがあるのは当然だ。まともな根拠や事実に従った正当な批評であれば、自分とは正反対の見解であっても納得して受け入れるだろう。だが、まるで事実に即していない見当外れの文章は、デマや誹謗中傷のたぐいとしか言いようがなく、名誉毀損に該当すると言わざるを得ない。

 「市民による市民のためのメディア」を標榜するその「インターネット新聞」では、市民が「市民記者」としてニュースを伝えているそうだ。趣旨はよく分かる。市民が主体的に発信する意義も理解する。しかし、当初から「市民記者」なるもののあり方や発信情報の信ぴょう性には疑問を感じていたのだが、「市民記者」なるものの無責任さと、そういうところから発信される情報を吟味せずにスルーで掲載する編集体制の無責任さが、今回の書評の一件で改めてよく分かった。中には優れた記事を書く「市民記者」もいると思うけれども、経験も素養も才能もない「市民記者」もいて、玉石混交の状態であるならば、きちんと取捨選択して発信する責任が編集部にはあるはずだ。他人に「物事を正しく伝える」という基本的な能力が決定的に欠如している人は、文章を広く第三者に向かって公表しない方がよい。情報発信には「責任」が伴うのだから。


2月6日(日曜日) 記者ブログへの暴力的攻撃

 友人の新聞記者が個人的に開設しているサイトのブログが、いわゆる「ネット右翼」に荒らされて開店休業に追い込まれた。ブログでNHKの番組改変問題を批判的に取り上げたところ、某巨大掲示板で一方的な非難が始まり、続いてブログに書き込みが集中した。それだけでなく、ネット検索やリンク先や記事内容からあっという間に本人が特定され、勤務先や本名などの個人情報が掲示板やほかのいくつものサイトで暴露された。さらには、職場に嫌がらせの電話までかかってくる事態にまで発展したという。

 「まともな論理」や「筋道立てたコミュニケーション」とはおよそかけ離れた世界で、しかも「集中攻撃」という形で一方的に誹謗中傷するのは、まさに言葉の「暴力」としか言いようがない。こういう袋だたきのバッシングはファシズムそのものだ。やっている連中はいっぱしの「言論」のつもりなのかもしれないが、こんなものは「言論」でもなんでもない。しかも、個人情報をさらして嫌がらせや脅迫まがいのことを平然とやってのけるとは、なんたる卑劣さだろう。4年前に書いたルポ「相次ぐ自宅や職場への脅迫」の状況と同じだ。人として恥ずかしくないのだろうか。

 常識的な意見交換やコミュニケーションができる環境にあるのであれば、掲示板やブログというのは、双方向で発言ができてとても有効なツールだと思う。しかし今のような状況では、僕は少なくとも自分のサイトでブログをやろうとは思わない。自分の知らない間に、わけの分からない大量の書き込みでサイトが占拠されるなんてぞっとする。そんなのは僕の「美学」に反する(爆笑)。

 それに、何でもノーチェックで載せてしまうブログ形式は、サイトの管理運営者として無責任かなとも思うのだ。これはきのう付の「身辺雑記」で書いた「インターネット新聞の市民記者」の問題とも関係すると思うのだが、せめて投稿をチェックした上で掲載する方式なら、言葉の「暴走」は食い止められるかもしれない。一つ一つチェックする時間の余裕があればの話だが。もちろんこれはほかの人の言論を排除するのではない。今の時代では、自分の主張はそれぞれ自分のサイトで自由に発信できるわけだから。

 右翼とか左翼という形で単純に分けるのもどうかと思うが、少なくとも「ネット右翼」はインターネットを、街宣活動の場として最大限に活用しているのは間違いない。そして最も怖いのは、事実に反するウソやデタラメや非論理的なことでも、何百回、何千回と繰り返して流されることによって、いつの間にかウソが本当のこととして受け入れられていってしまうことだ。そういう意味では「あんなバカは相手にしない」などと切り捨てたりせず、一つ一つに対してきちんと発言していかないと、大変なことになるかもしれない。そんなことに時間は使いたくないのだが、なかなか悩ましい。

 【追記】ちなみに今回のブログ攻撃は、先月末からきょうまで続いていたという。このところ忙しかったこともあって、当該ブログも某巨大掲示板群も全く見ていなかったため、きょうになって初めて事態を知った次第だ。ごめんね。力になれなくて。


2月7日(月曜日) 声量指導

 朝食抜き。早朝から東京・町田市教育委員会へ。今春の卒業式や入学式で、「児童・生徒らが君が代をほかの歌と同じ声量で歌えるように指導する」とした通知を市内の小中学校長に出した市教委に対し、保護者グループや市議らが抗議・要望に訪れた場面を取材する。教育長と担当課長が保護者らとの面談に約30分間応じた。ソフトな語り口で要請に対応しようとする教育長の姿勢は、どこかの教育委員会と違って珍しく評価できるとは思うが、答弁は「生徒や保護者に強制したり声量を調査したりするわけではない」「ほかの歌と同じように指導してほしいとの声がある」「国旗や国歌は自国や他国に限らず大切にするものだ」といった内容に終始。「小学1年生に歌詞の意味が教えられると市教委は考えているのか」「強制でないと説明していることと、ほかの歌と同じ声量でと通知していることの関係はどうなっているのか」などの疑問の声には、説得力のある説明はなかった。

 学校行事での「日の丸・君が代」の扱いについて、推進を強力に進める都教委の影響が市区町村教委にも及んでいるのは分かる。だが、都教委やほかの市区町村教委もやっていない「声量通知」に、町田市教委がなぜ今わざわざ踏み込んだのかがよく分からないんだよなあ。賛否両論いろいろ言われるのが予想できるのにもかかわらず、よそに先駆けてやるメリットが理解できない。議員や関係者らから、通知発令の背景、市教委や市議会の力関係などを取材。何人かに話を聞いて、なんとなく「推進の構図」がぼんやりと見えてきた。突出した特定議員の質問だけで「お役所」はそう簡単には動かない。そこにはやはりさまざまな連係プレーと、それを容易にしてしまう時代の「ムード」があるのかなと思う。


2月8日(火曜日) 「記者ブログへの暴力的攻撃」その2

 一昨日の「身辺雑記」で書いた「記者ブログへの暴力的攻撃」について、いくつか補足をしておく。情報収集の仕方について一部誤解(誤読)をされている方が何人かいるようなので、それについて説明する必要を感じたのが第一点。それから、「とんでもない論理の飛躍と一方的な決め付け」によって、特定個人を集中攻撃している連中の主張があまりにも目に余るので、この際だからそれらについてもきちんと反論しておくべきだと判断した。

 まず、今回の「記者ブログ」の件について僕は、集中攻撃された「記者ブログ」のテキストはもちろんのこと、某巨大掲示板群の複数のスレッドのほか、たぶん20カ所以上の関連サイトに目を通した上で、2月6日付の「身辺雑記」を書いた。「一方の情報だけ」あるいは「一方からの伝聞イメージ」で、「身辺雑記」の文章を書いたわけではない。日常の記者活動でもそうだが、異なる立場の両者の言い分(複数の意見)を聞いた上で記事を書くのは原則だ。これこそが、ジャーナリズムがまさに「中立・公正」であるための姿勢であると考えている。その上で、記者としての判断や分析や立場といったものが必然的に発生してくるわけだ。「立場のない立場」などというものは本来あり得ない。

 それを大前提として僕の「認識」を述べると、「ブログを主宰する記者が批判者を挑発した」として一方的に攻撃されているが、そもそも最初に「挑発してきた」または「煽った」のは、「攻撃(批判?)」してきた側ではないのか。記者の方に「売り言葉に買い言葉」の部分もあったかもしれないが、一方的な誹謗中傷や、まるで論理的でない言いがかりのような書き込みが、集中豪雨的に浴びせられたのは事実だろう。さらにその後ネット上で展開されたプライバシーをさらすような言動が、「まともな言論」であるとは到底思えないし、これは嫌がらせや脅迫そのものではないか。

 もちろん、自分とは正反対の意見ではあってもきちんと筋が通っていて真摯に述べられている主張に対しては、ブログ主宰の記者もきちんと対応したと思う。少なくとも僕はそう理解しているし、そういう「真っ当な反論や批評」に対しては、それが「記者だから」などというのとは関係なく、人として誠実な対応をするべきなのは言うまでもない。

 それからもう一つ。「所属している会社を隠して語った」ことがさも大問題であるかのように攻撃されているが、これは全く見当外れの不当な「言いがかり」だろう。サイトやブログの運営はあくまでも個人的にやっているもので、会社組織を代表して意見表明しているわけではあるまい。個人的な判断として「記者」の経験やバックボーンを明らかにしたとしても、だからといって会社員が会社をすべて背負って生活しているわけではない。これは、記者という職業に限らず、サイトやブログを個人運営している人たちすべてについて言えることではないのか。

 今回の件に関して言及しているサイトをざっと見て回ったが、自分自身の素性を明らかにしているものは一つもなかった。会社員だとか公務員としてではなく、みんな一人の個人として情報発信しているのではないのか。仮に自分が所属する会社に関連する出来事に言及することがあったとしても、いちいち「そこの社員ですが」などと断ったりしないだろう(もちろん所属を明らかにするのは本人の自由だが)。ましてや、所属部署や本名などの個人情報が暴かれ勝手にさらされ、職場に電話がかかってくるなど論外だ。そういう卑劣な行為による影響や恐怖感は、まともな感覚を持っている人ならば容易に想像できるはずだ。

 >>「まともな論理」や「筋道立てたコミュニケーション」とはおよそかけ離れた世界で、しかも「集中攻撃」という形で一方的に誹謗中傷するのは、まさに言葉の「暴力」としか言いようがない。こういう袋だたきのバッシングはファシズムそのものだ。やっている連中はいっぱしの「言論」のつもりなのかもしれないが、こんなものは「言論」でもなんでもない。しかも、個人情報をさらして嫌がらせや脅迫まがいのことを平然とやってのけるとは、なんたる卑劣さだろう。4年前に書いたルポ「相次ぐ自宅や職場への脅迫」の状況と同じだ。人として恥ずかしくないのだろうか。>>

 一昨日の「身辺雑記」で書いた上記のこの部分こそ、今回の件で最も問題にしたかった点だ。「立場や思想が異なってもきちんとした議論ができる社会」であるためにはどうすればいいのか。その方策を考えることこそが民主主義社会を支える基本だろう。残念ながら現状はそうではなくて、「ネット右翼」が「大はしゃぎ」(某巨大掲示板群に生息する連中の表現だと「祭り」)している。彼らの多く(すべてではない)にとって、インターネットの掲示板とブログは、最高(最低)のおもちゃになっているような気がする。


2月9日(水曜日) 「話をさせる」こと

 終日、電話取材と情報収集と資料整理。きのうからプライベートも含めて、ずーっと受話器を耳にあてっぱなしだ。と言っても僕の方はほとんど聞き役なんだけど。そこは記者という職業もあって、先方の話を聞くのは大して苦にはならない。うんうん、なるほどと適当に(いい加減という意味ではない)相づちを打って、必要に応じて疑問点などを質問しながら、ひたすら相手の話に耳を傾けるのは記者の仕事の基本だ。できるだけ相手の言い分や本音を引っ張り出すことが、最大のポイントになってくる。情報収集や取材ではそうやって相手の話にひたすら耳を傾けるのは当たり前なのだが、そう言えば私的な相談や愚痴を聞かされる場合も、ひたすら話を聞き続けていることが多いかもしれないなあ。「お前はカウンセラーかよ」って突っ込みはなしね。

 新聞記者になったばかりのかけ出しのころ、ある警察署の課長に「あなたは人の話を上手に聞くねえ」とすごく褒められた(笑)ことがあった。その時は「そうかなあ、それよりどうしてそんなことを評価してくれるんだろう」とむしろ不思議に思ったものだが、よくよく考えたらそれって記者には最低限必要な資質だよなあということに、しばらくして気付いた。相手に話そうという気持ちになってもらい、「こいつにはついつい話してしまう」みたいな空気をかもし出すのは大事なことだ。自分の意見を相手をぶつけることで本音を引き出すといった手法もあるが、取材の目的は「話をさせる」「相手に言わせる」ことにある。取材する側がしゃべり続けていたらそれこそ話にならない。論破したり相手をやり込める必要があれば、事実の積み重ねによって書いた記事ですればいいんだよね。

 市民グループの集会での議論や交渉や法廷などの場で、延々と自分の意見や主張を展開して、相手の話に耳を傾けようとしなかったり、自分の気に入らない意見を言わせなかったり、さらには論破しようとしたりする人がいる。常々感じていることだが、あれって戦略としてもすごくまずいよなあと思う。向こうの言い分をいろいろと話させて、本音を引っ張り出すことで矛盾点やおかしな点が浮き彫りになるのだから。自分の意見をきちんと言うのはもちろん大事だし必要だけど、的を得た質問をぶつけてどれだけ相手から話を引き出せるか、それによって相手の言動のおかしさをいかに露呈させることができるかが、実はさらに重要だったりする。しかしまあ、じっと相手の主張に耳を貸し続けるのは忍耐も必要だし、こらえ性のない人や自己顕示欲が旺盛な人にとってはなかなか難しいことではある。主張したがるのが人間ってものだからなあ。


2月10日(木曜日) 「授業内容で処分」控訴棄却

 午後から東京・霞が関の東京高裁へ。いつもながらのものものしいボディーチェックに長蛇の列。東京都内の公立中学校家庭科教諭が、授業内容を理由にした文書訓告は違法だとして、東京都八王子市を提訴した損害賠償請求訴訟の控訴審判決を傍聴取材する。

 問題とされたのは、原告の家庭科教諭が中学3年生の最後に行った授業。教諭は、上からの指示に従って地下鉄サリン事件を実行したオウム真理教元信者の被告の言葉を引用しながら、「教育委員会から指導された通りに日の丸・君が代を実施する全国の校長の思考と同じだと思いませんか」と指摘し、「自分の頭で考えて判断し行動することの大切さ」を生徒たちに問いかけた。これに対して八王子市教育委員会は、「校長の学校運営方針を批判するに等しい授業を行った」との理由で教諭を文書訓告にした。教諭は「授業内容を理由に処分をするのは教育行政による教育への違法不当な介入だ」と主張したが、一審の東京地裁八王子支部(園部秀穂裁判長)は訴えを棄却したため、原告側が控訴していた。

 大喜多啓光裁判長は「全国の校長が教育委員会からマインドコントロールされているとは認められない。校長の学校運営方針を批判するに等しい授業を行ったことが不適当なのは明らかだ。教育公務員にふさわしくない行為を是正させるための訓告は、服務監督上の相当な措置で違法ではない」などと述べ、控訴を棄却する判決を言い渡した。

 大喜多裁判長は、実際に授業を受けた当時の生徒や広島県立高校長などの原告側の証人申請を、全く認めないまま審理を終結。原告代理人の弁護士は、「全国の校長が置かれている状況や背景を見ようとせず、自分の頭で考えようと問いかけた授業を生徒がどう受け止めたかを知ろうともしない。上の言うことには逆らうなと明確に判断した判決で、教育行政の行き過ぎに歯止めをかけてチェックするという司法の役割を放棄している。学校現場での批判的精神や自立的精神を踏みつぶすことになる判決だ」と批判した。

 判決言い渡しはわずか15秒ほど。満席の傍聴席から「そんな判決があるか」などといった野次と怒号が飛ぶ。裁判長は傍聴席を見ようともしなかったが、右陪席の水谷正俊裁判官は傍聴席を一べつして、にやにや笑いながら退席していった。これには驚かされた。せめてポーカーフェースで去れよ。っていうか、いわゆる「不当判決」を言い渡しておきながら、笑いながら退席する裁判官というのを初めて見たので唖然としてしまった。うーん、これはひどいね。

【関連記事】=家庭科教諭と裁判に関するルポルタージュです。

(1)「『偏向授業』と決め付け」

(2)「つくられる『指導力不足』教員」

(3)「Tシャツ着用で退廷命令」「東京地裁八王子支部判決」

 弁護士会館で報告集会を取材。地下の喫茶店で関係者とお茶を飲みながら1時間ほど教育談義。なぜか話題は「インターネットと右翼の若者」。途中で抜けて四谷の出版社へ。編集部の一室を拝借して、昨日と一昨日に続いてあっちこっちに電話取材攻勢。その間にも別の編集部や知人などから携帯に電話が入ってきたりして、またまた受話器を耳にあてっぱなしだ。編集長のお誘いで近くの寿司屋へ。寿司をつまみながら焼酎のお湯割りを飲む。ワサビが効いていて鼻につーんとくるが、うっ、うまーい。ここでも話題は「なぜインターネットには右翼が多いのか」だってさ。いや、僕が振ったのではなくて編集長が振ってきたんだけど、すごくタイムリーな話題でした。でも眠くてあまり頭が働かず(笑)。午前1時帰宅。


2月11日(金曜日) 学生が語る「都立高校と愛国心」

 やることがいっぱいで睡眠不足が続いている。今朝も2時間の仮眠で起きなきゃと目覚ましをセットするが、どうやら無意識のうちに止めてしまったらしく、取材先の女子大生からの電話で叩き起こされた。事実上のモーニングコールだな。この電話がなかったらまだまだ寝ていた予感(汗)。シャワーを浴びて一応しゃきっとするが、それでもまだすごく眠い。

 午後から都内。都立高校を卒業した大学生や現役高校生らが、都立高校の現状や「日の丸・君が代」について考えるネットワークをつくろうと呼び掛けた集会を取材する。残念ながら参加したのは子どもたちよりも大人の方が多かったが(苦笑)、これから少しずつ輪は広がっていくだろうし、生徒や学生たちの興味深い声が聞けたのは収穫だった。「社会科の授業がいかに暗記中心だったか」「高校よりも中学の授業の方が、多感な時期だからか印象に残るものが多かった」「卒業式や入学式での『日の丸・君が代』はほとんど記憶に残っていないが、それほどみんな無関心」などなど。

 最も印象に残ったのは、ワールドカップサッカーの応援についての意見だった。「『日の丸』は日本のシンボルとして必須アイテムだし、『日の丸』を振って応援するのは日本への帰属意識からも自然なことだが、そこには愛国心やナショナリズムの高揚なんてものはない」「『日の丸』を振りたいのではなくて日本を応援したいわけで、ほかに代わりになるものがない。応援している気持ちを何かのシンボルで示したいと思う時に、たまたま応援する手段やグッズとして『日の丸・君が代』があるという感じ」──。

 なるほどね。まあ、それがごく普通の一般的な日本人の感覚だよな。要するに日本のチーム(あるいは好きなプロチームや選手)を応援したいだけであって、愛国心やら国家やら日本人としてのアイデンティティーなどといったものを、そんなところでわざわざ持ち出すまでもない。圧倒的多数の日本人(サッカーファン)は、そんなうさん臭いものには無関心であり無反応なのだ。そういう意味では「右翼も左翼も泣いている」(参加学生の表現)といった状況かもしれないが、僕はむしろある意味でそれもいいかもしれないなと思ったりもした。国民統合のシンボルがどうだとか国益がどうたらと言って、口から泡を吹いて顔を真っ赤にしていきり立っている連中より、スルーして無視する方がよっぽど健全だよ(笑)。

 それにしても、大人の側が比較的あまり口を出さずに、学生たちに率直な意見を言わせたのには正直ほっとした。子どもたちをそっちのけにして、カビの生えたような抽象的な演説をぶつ大人たちって結構多いからなあ。ちなみに僕も都立高校出身ということで意見を求められたりしたけど、感覚的には現場の先生よりも学生たちに近いつもりだ。精神年齢が低いから(笑)。終わってから、近くのマク○ナルドでしばし懇談。眠くて眠くてたまらん。

 あ、えっと、レイザルさん(仮名=笑)という方からチョコが送られてきました。ベルギー産のチョコレートと千葉県産のピーナツを原材料とした手作り特製「う○こチョコ」。見た目はまさに「う○こ」そのものだけど、味はあっさりしていて抜群にうまい。「十分に市販できるのではないでしょうか」とお礼のメールを出しておいた。現物をアップしようと思ったが、デジカメで撮影した画像を縮小するやり方が分からん(汗)。「身辺雑記」に画像を掲載するなんて初めての快挙。もしかして技術的なことが解決したら、ここに「う○こチョコ」の画像を貼り付けるかも。


2月12日(土曜日) 草加で旧交を温める

 午後から埼玉・草加(せんべいで有名な埼玉県東部の街で都県境のベッドタウン)へ。支局勤務時代にお世話になった画家・鈴木喜美子さん(新制作協会)の「励ます会」に、お招きを受けたので顔を出す。鈴木さんは草加在住で、「公害の原点」とされる足尾銅山の絵をライフワークとして描き続けていることが評価され、4月に国連本部で個展を開くことになっているが、それを記念しての激励会だ。内輪だけの簡単な立食パーティーみたいな集まりかと思っていたら、300人も集まるホールに地元政財界の面々も詰め掛けていて、かなり大規模な会だったのでびっくりする。十数年前の支局時代に取材でお世話になった当時の市長は総務副大臣に、課長は市の助役になっていたりして、挨拶すると皆さんすごく懐かしがってくれた。鈴木画伯は相変わらず飄々とした感じで、これからも信念と斬新な感性で大作を描き続けてほしいと念願するばかりだ。

 せっかく草加に行くのだからと「励ます会」の前に、こちらも取材でお世話になった市民グループのお母さんや息子さんらと、会場近くの喫茶店でしばし懇談。支局を離れても手紙やメールは何回もいただいていたのだが、お会いするのは久しぶりだ。登校拒否の問題や平和問題などを考える活動など、今も続けている市民運動について熱く語ってくれた。オリジナルの反戦ピース缶バッジや雑誌、あと今日は来れなかったお嬢さんからチョコレートもいただく。この「身辺雑記」も読んでくれているんだよね(そう言えば同じく先ほどの助役氏も愛読者だとのことでびっくりした)。皆さん本当にありがとうございました。楽しかったです。


2月13日(日曜日) 不調でも仕事

 睡眠不足がたたったのか、寝冷えしたのか、あるいは混雑した電車内で風邪をうつされたのか、のどや頭が痛い。これってやっぱり風邪なのかなあ。だがしかーし。やることはいっぱいあって、電話取材をしつつ短い原稿を執筆。さらにメールを返信して取材先に資料をファクス送信するなど、ひたすら雑用をこなすのだった。


2月14日(月曜日) リベラル

 朝から東京・町田へ。市教委の「君が代」の声量指導(2月7日付「身辺雑記」参照)に抗議する市民集会を取材する。こんな朝早くにどれくらい集まるのかと思っていたら、地元の小中学校の保護者らが五十人以上も参加していて、この問題に対する危機意識の高さを示していた。興味深かったのは青年会議所からも出席者がいたこと。歴史認識や「日の丸・君が代」についての考え方は、たぶん主催者側や教員らとは大きく違うのだろうけど、「立場は異なっても意見交換や議論は続けたい」という青年会議所理事長の考えを支持する。それを受け入れる主催者や教職員組合の姿勢もいい。関係者も話していたが、一部には保守層からも浮くほどのウルトラ右翼がいても、町田って意外とリベラルな土地柄なんだなと思った。仲間うちだけで完結するような硬直した思考状態では、いわゆる「運動」は決して広がらないし停滞したままだろう。


2月15日(火曜日) グズグズ

 どうやら風邪と花粉症のダブルパンチだったらしい。薬を飲んで爆睡したら少しは楽になったけど、まだ鼻はグズグズの状態で体もだるい。午前中にゲラのチェックをして、午後から集中的に電話取材。そろそろ原稿にまとめる作業を始めなければ。労働意欲はあるものの体は休息を求めている。あれだけ寝たのにまだ眠いよ。


2月16日(水曜日) 会見出席、帰宅後ダウン

 体調は相変わらず絶不調のまま。まじでかなり具合が悪い。にもかかわらず、横浜・関内へ。横浜弁護士会で記者会見。卒業式などの国歌斉唱の際に起立・斉唱・ピアノ伴奏を強制する職務命令に対し、事前に義務不存在の確認を求める「予防訴訟」を都立高校教員らに続いて神奈川県立高校教員らも提訴するとして、「予防訴訟をすすめる会」を設立したという内容の会見だ。ほとんど雪になりそうな冷たい雨が降っている中、電車に乗って出かけるだけでも辛いのに、県教育委員会に申し入れ書を提出に行くところまで付き合ったので(しかも場所が離れていて右往左往させられる)、もうダウン寸前である。それでもせっかく関内にまで足を運んだということで(つくづく貧乏性だよなあ)、芳林堂書店と有隣堂書店本店に立ち寄って、自分の本(『裁判官Who's Who/首都圏編』)の配本状況を確認する。芳林堂は予想通り法律書の棚に1冊だけ。有隣堂本店は1階のノンフィクションの棚に1冊と、さらに法律関係のコーナーにも平積みという手厚い扱いだった。こういう並べ方をしてくれるのが一番うれしい。感謝感激。

 そんな余計なことをせずに、取材が終わった時点でさっさと家に帰ればいいものを、寒い中をうろうろしたばっかりに帰宅後は完全ダウン。頭痛はするし、のども鼻も痛くて、鼻はズルズル出て咳も出始めるし、寒気もひどい、といった典型的な風邪の症状てんこ盛りのとんでもない状態となる。もうふらふらだ。あすまでに原稿を1本と、明後日までに原稿を2本書き上げなければならないのに、どうすればいいんだろうと途方に暮れるが、とてもパソコンに向かう元気はないので、即座にベッドに倒れ込んだ。


2月17日(木曜日) それでも執筆

 汗をかくのと悪寒がするのとの繰り返し。夜中に何度も目が覚めて、そのたびに早く原稿を書かなきゃと頭では焦るのだが、すぐまた睡魔に襲われて起き上がれない。朝方、悪寒が少し楽になったような感じがしたのでパソコンに向かう。夢の中で何回も「ああ書いてこう書いて」と推敲した(ように思えた)こともあってか、昼過ぎには1本を書き上げて送信。夕方には短い原稿も脱稿。まじで綱渡りだよねえ。あと、大学の追試験の採点もやった。なんて働き者なんだ。また頭が痛くなってきたので、早めに寝よう。


2月18日(金曜日) 立て続け

 原稿を書かなくちゃならないのは分かってるんだけど、体はだるいしおまけに眠くてやる気が起きない。寒気や頭痛は治まったものの、今度は咳がひどくなってきた。参ったなあと思っていると立て続けに、複数の出版社の4人の編集者から問い合わせや原稿注文の電話が入る。なんでこんな時に…(涙)。さらに、大学から追試を受けた学生の成績評価について問い合わせの電話が。はぁ…。もう何が何やらって感じだよ。夕方になって3カ所に電話取材。ファクスでいくつかゲラが送られてきたので、そっちも慌ててチェックする。ダメだ、原稿はあした書くことにしよう。ギブアップ。


2月19日(土曜日) 当面の原稿はすべて出稿

 なんとか午前中に起き出して、とりあえず大急ぎで書き上げなければならない原稿を仕上げて送信。「ちなみ写真」も選んで別メールで送信完了。ふう。これでかなり気分的に楽になった。あすの昼まではゆっくり休めるぜ。咳が治まってくれたら、もっと楽になれるのになあ。とにかく温かい布団に潜り込んでぐっすり眠りたい。


2月20日(日曜日) いざ鎌倉

 咳のおかげでなかなか熟睡できず、朝方になってやっと爆睡態勢に入った。だから昼過ぎまで十時間以上も寝たといっても、絶不調の中を無理させていた体のためには、もっと睡眠を取っておくべきだったのだ。せっかく久々にゆっくり眠る機会だったのに…。だがしかーし。記事に付ける「ちなみ写真」を撮影しに、鎌倉まで行かなければならない。熱々の鍋焼きうどんを食べて、ちょっと元気になったかなと思いつついざ鎌倉。鎌倉はうちからそんなに遠くない距離なんだけど、絶不調でボロボロの体にはやや辛い。やっぱり家で休んでいたかったなあ。市役所に行って「平和都市宣言」の木碑を、角度を変えてデジカメで何枚か撮影する。たったそれだけの作業だから時間は十分もかからない。せっかくだから駅の反対側にある「どんぐり共和国」に立ち寄って、トトログッズを眺めてほっとする(さっさと帰宅しろよ)。

 あすはゲラのチェックをしなければならないが、今週の前半はもう本当に全面的に完全休養しよう。最も安静にして体を休めておくべき時に、寒いところに出て行ったり睡眠時間を削ったりして仕事をしたから、ここで遅ればせながらしっかり休んでおかなければ。あ、何通か、お見舞いメールをいただいて感謝です。大阪での某オフ会にも誘ってもらいながら、行けなくてごめんなさい。


2月21日(月曜日) なんとか乗り切った

 昼過ぎまで爆睡していると、ゲラがファクスで送られてきて、続いてかかってきた編集者からの電話で起こされた。「はい、もしもし」と答える僕の声を聞いたとたん、「まだ調子悪そうですね」。かなりひどい声だったようだ。まだ咳は出るし、のども頭も痛いけど、十時間以上は寝たこともあってかなり楽になった。ゲラの点検をして編集部に返送し、ものすごく遅い朝食を食べていると、今度は別の原稿の再校ゲラが送られてきたので、そっちも大急ぎで点検して返送する。これで抱え込んでいた原稿から正真正銘すべて手が離れたよ。やるべきことはまだたくさんあるが、とりあえず2〜3日は何も考えずにゆっくり休める。やはり日ごろから規則正しい生活をして、やれることはどんどん先に片付けるという習慣を、しっかり身に付けなくてはいかんよなあ。頭では分かっているんだけど、どうしても夜更かししたり、締め切りギリギリまで動かなかったりと、いい加減な生活態度がなかなか改まらない。最大の課題だな。さて、さっさと寝よう(汗)。


2月22日(火曜日) 完全休養じゃないじゃん

 きょうもたっぷり十時間ほど眠った。絶不調の峠を越したのか、寝る前に飲んだ「カ○ナール」(すごくまずい漢方薬です)が効いたのか、咳以外の症状はほぼ治まったようだ。午後から取材協力者リストを作成。記事掲載誌を編集部から郵送してもらうためのものだ。あとは経費の計算をしたり、メールの返事を書いて送信したりして、さらに受信ファクスや名刺の整理をするなど、たまっていた雑用を一気に片付けた。どこが「完全休養」やねん(汗)。まあ家の中から一歩も出ることもなく、すべて単純作業のデスクワークだから、仕事のうちには入らないんだけどね。しかし完全休養になっていないことの是非はともかく、「やれることは先延ばしにしないで、どんどん片付ける」という誓いを早速実践したわけだ。それはそれで素晴らしいよね(拍手!…って自画自賛かよ)。

 卒業式シーズンの取材と別件の四国取材の日程を、そろそろ調整しなければならないんだよなあ。そんなことを考えていると、貧乏性の僕としてはのんびり休んでもいられないのだった。本当にやることがいっぱいで、パズルの組み合わせみたいになってきた。


2月23日(水曜日) 予備取材

 電話をかけまくって情報収集。事前に見当を付けるためのいわゆる予備取材だ。2件のテーマについて同時並行で絨緞爆撃。それにしても某所のみなさん、どの方もなかなか口が重くて、なんだか地域の目をすごく怖がってるみたい。うーん、聞きしに勝る「民主主義不毛の地」だなあ。予備取材の段階でめげそうになってくるよ。もう1件のテーマの方は、スムーズに着々と情報やエピソードが集まりつつある。ちょっと充実。達成感があるな


2月24日(木曜日) 露骨なのが不思議

 今日も自宅で一日中、電話による情報収集や打ち合わせに明け暮れる。卒業式シーズンの取材をどうするか、それによって別件取材の日程が大きく左右されるのだが、そこにさらに原稿の締め切りも絡んでくる。パズルの組み合わせが複雑化してきて頭が痛い。

 昨日は春一番の突風が吹きまくったと思ったら、きょうは夕方から降り始めた雨が夜遅くにぼたん雪になった。あたりはすっかり雪景色だよ。春が来るのか冬に戻るのか、どっちかはっきりしてほしいなあ。個人的には春を希望したい。花粉が舞うのは嫌だけど。

 ライブドアとフジテレビの闘い面白いなあ。フジサンケイを守ろうと必死な自民党政治家の言動も、本音がストレートに出ていてなかなか興味深い。それにしても、昨年秋のプロ野球をめぐる読売新聞・日本テレビグループから始まって、政治家の番組介入問題をめぐっての朝日新聞に対するNHKの常軌を逸した対応といい、そして今回のフジサンケイグループもそうだけど、この3つのマスコミグループが見事なまでに、ジャーナリズムとは無縁であることが白日のもとにさらけ出された格好だ。都合のいい情報だけを一方的に平然と垂れ流すところなんて、すごく露骨で分かりやすい。もはや報道機関(ジャーナリズム)じゃない。政府与党の宣伝機関そのもの。ニュース番組をしっかり見ていれば一目瞭然なんだけど、せめてもうちょっと上手にやればいいのに。そんな配慮をするまでもないと高を括っているのかなあ。普通は少しくらいは公正さや中立さを装ったりするものだが、あまりに露骨なのが不思議だ。


2月25日(金曜日) 情報収集

 アポ取り。打ち合わせなど。さらに深夜まで、電話で予備取材や情報収集が延々と続くのだった。


2月26日(土曜日) ドアtoドア

 故障していたプリンターを修理してもらうため、メーカーの修理担当に連絡。メーカーの「ドアtoドアサービス」を利用して、プリンターを自宅まで引き取りにきてもらう。引き取りから梱包と往復の配送まで、宅配業者がすべての作業を税込み1575円でやってくれるというサービスだ(修理代は別料金)。文字通り玄関口で製品を手渡すだけで、あとはすべてを宅配業者にお任せだった。本当は先月中旬には修理に出すつもりだったのだが、ぐずぐず放ったらかしていたらこんなに遅くなってしまった。反省。

 午後から都内。「日の丸・君が代」の問題を考える市民集会を取材する。学校と教員と子どもの関係を考える発言など多数。ますます締め付けと圧力が強化される学校の状況についても、それぞれの現場から詳しく報告される。大いに収穫があった。『裁判官Who's Who/首都圏編』の本を何冊か持参したら好評のうちに即完売した。こんなことならもっと持っていけばよかったなあ。でも本って重いんだよね。いやそういう問題じゃないか。せっかく興味を持ってお金を出して読んでくれる人たちがいるわけだから、そういう潜在的読者を拡大する努力を著者は怠ってはいけない。再び反省。


2月27日(日曜日) 無断転載

 ある学校関係者から、取材内容を整理してメールで送信してほしいと言われたので、質問項目を個条書きにしてやり取りをしたら、そのメールがそっくり某メーリングリストに流されていた。個人情報は消されていたが、質問項目も文章も一字一句すべてそのままの内容だ。ご本人は仲間との情報共有のつもりなのだろうけど、しかしそういうのってあんまり気分がいいものじゃない。僕が一人の記者という「報道機関」であるとの位置付けで、そこからの取材を目的としたメールだと考えるならば、純然たる私信とは言えないかもしれないが、私信と公的やり取りとの境界線にあるようで微妙だ。せめて少なくとも事前に了解くらい求めて欲しかったなあ。これってさあ、どこの記者からどんな取材を受けて、どのように対応したかといったことを、事細かに公文書で上に報告する教育委員会や校長と同じような感じがしてしまうんだよね。公式取材での対応を先方の役人が自身の言葉でどのようにまとめたとしても、それはそれで構わないが、自分の書いた質問の文章がそっくりそのまま無断でコピーされてばらまかれているところに、なんとも言えない引っ掛かりを感じる。取材でお世話になっている人だから、文句を言うのもどうかなとも思うし、公にされて困る内容でもないが、でもすごく複雑な気持ちだ。「目的が正しければ何をしてもいい」というのでは、広範な共感は得られないんじゃないかなあ。


2月28日(月曜日) マジっすか取材拒否

 ある都立高校の校長に取材しようとしたら、副校長(教頭)から取材内容を事前に文書で出せと言われた。ええーっ。政府高官や最高裁判事に取材を申し込むわけでもあるまいし、公立学校の校長や副校長からそんな大層なことを言われるなんて初めてだ。聞き間違えたのかとわが耳を疑ったがマジだった。あり得ないことだと一悶着あったが、らちがあかないので仕方なく文書を出した。そうするとさんざん待たされた挙げ句、「取材には応じられないし、理由も言わない」と文字通り木で鼻を括ったような返事が返ってきた。マジっすか。それこそあり得ない対応だぜ。地域と社会に責任のある立場の公的機関の学校が、報道目的の取材に応じないなんてそもそも信じ難い。そんな公立学校はほかにはないよ。

 実はきょうは、いくつかの都立高校長に電話で話を聞いたが、どこもきちんと対応して話をしてくれた。直接お会いしましょうと言う校長もいた。はっきり言ってここの高校は異常だ。一方的な見方や主張を聞くのではなく、学校責任者の見解にもしっかり耳を傾けるのが公正な取材だと繰り返し説明しているのに、とにかくメディアをシャットアウトしたいとの姿勢が管理職に露骨なのだ。社会的責任を自覚していないばかりか、不誠実きわまりない対応ぶりには絶句した。うーん、なんだかすごいな。2日連続で珍しい取材経験をしちゃったよ。偶然とは思えなかったりして。

 午前中はひたすら、裏付けを取るため電話で事実確認の取材。午後、ちょっと抜け出して髪の毛をカット。相変わらず長めを維持しているのだが、両サイドを軽くしてもらったのですっきりした。再び仕事に戻って深夜まで確認取材を続行。ゲラのチェック。


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