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 「家族ゲーム」1997/12/25

ヘンな家庭教師がぶち壊す「貧弱な」家族関係

「金出すよ、成績上がったら」

「お父さん、約束ですよ」


 1983年、ATG(日本アート・シアター・ギルド)。森田芳光監督・脚本。どこにでもありそうな、表面的には幸せそうに見えるごく普通の家庭に雇われたヘンな家庭教師が、子どもの受験や進学しか話題がない貧弱な家族関係を、気持ちいいようにぶち壊していく。日本の平均的な家庭の実態を、皮肉を交えておもしろおかしく描いた、ホームドラマの大傑作だ。

 横長のテーブルに家族4人が横一列に並んで、好き勝手に食事する風景。映画冒頭のこの珍しいシーンが、これから始まるドラマのすべてを象徴している。正面切って向かい合うことがない家族なのだ。東京湾岸の高層アパート。ウオーターフロントに倉庫や工場群、だだっ広い空き地などが広がる。非常に無機質な感じがするこの街が作品の舞台だ。

 問題の家族を紹介すると、まず弟の沼田茂之(宮川一朗太)は、何事にもまるでやる気のない中学3年生。成績はクラスでビリから9番目。いじめられっ子。兄の慎一(辻田順一)は進学校の西武高に通う高校1年生。優秀だけど目的意識はあまりない。弟のことが気になって仕方がない。父の孝助(伊丹十三)は典型的なサラリーマンおやじ。母の千賀子(由紀さおり)も絵に描いたように典型的な専業主婦。「子どもは成績が良くて、いい学校に入ればそれでいい」と考える平均的日本人の両親は、来年高校受験の茂之を西武高に入れるために家庭教師を付けることにした。そして何人目かの家庭教師として、吉本勝(松田優作)が沼田家にやって来る。

 吉本は変わった家庭教師だった。三流大学の城南大の7年生で、いつも必ず植物図鑑を手にしている。ひょうひょうとしたポーカーフェースを絶対に崩さない。出された飲み物は、お茶でもコーヒーでもワインでも、必ず一気に飲み干してしまう。

 「金出すよ、成績上がったら。基本給プラス歩合。クラスの順位1番上がったら1万円出すよ」「お父さん、約束ですよ」。そんな契約を交した吉本は、教育に情熱を燃やす熱血家庭教師なんかでは決してない。そもそも、茂之から「奥の細道」について質問されても答えられないのだ。しかし吉本は力づくで茂之を屈服させて、机に向かわせることに成功する。

 国語のテストで26点、クラスでビリから9番だった茂之は、答案に「性根=チューリップの球根。温和=丸い形の温室。陰険=陰でするジャンケン」と書く。吉本に「分からない漢字や言葉をノートに書き出せ」と命じられ、2ページにぎっしり「夕暮れ、夕暮れ…」と書き連ねる。そして「夕暮れを完全に把握しました」と答えて殴られる。そんな生徒だった。

 「ふざけたらまた、殴るぞ」。吉本に殴られるのが怖くて、茂之は勉強するようになる。すると成績が上がった。いじめっ子たちは茂之の成績が上がるのが気に食わない。茂之はいじめっ子たちが成績アップを嫌がることが気分よくて、さらに勉強に励んだ。そうなると両親は当然、茂之は進学校の西武高に行くものと決め付けるが、ところが茂之は「神宮高に行く」と答えるのだった。やる気のない役人みたいな担任が、保護者面談で「はい、神宮高ね」と機械的に志望校を受け付けるのが笑える。

 父「そんな馬鹿なことがあるかよ。西武高じゃなきゃダメなんだよ」、母「じゃあ、お父さんが言ってくださいよ」、父「オレがあんまり深入りするとバット殺人が起こるんだよ。だから、お前や家庭教師に代理させてるんじゃないか」。あまりにも常識的な思考しかできず、しかも子どもにきちんと向き合おうとしない両親の姿が、見事に凝縮されているなあと感心させられる場面だ。

 茂之「神宮高でトップで西武高でビリなら、神宮高の方がいいじゃないですか」、吉本「西武高でトップを取ればいいだろう」。そんなやり取りを経て、志望校届の最終日になった。茂之はまだ変更届を出していない。困った母親は吉本に電話する。「このままだと、お父さんから何を言われるか。志望校の変更届に学校へ行ってください。私が行くの嫌だから頼んでいるんです」。どこまでも主体性のない親である。強圧的で投げやりな担任に食い下がり、結局、吉本が志望校を変更させるのだった。そして茂之は見事、西武高に合格する。

 沼田家で合格祝いの食事会が開かれた。祝いの食事も映画の冒頭シーンと同じで、横長テーブルに全員が横一列に座るパターンだ。全員で乾杯。最初のうちはみんな、おとなしくご馳走を食べている。

 父「まあ、うちの子はもともと頭がいいんだけどね。慎一、今度はお前の番だな。茂之を見習わなくちゃな…。吉本さんが慎一の家庭教師やってくれないか」、吉本「城南大の者が国立大受かるようには教えられませんよ」、父「へえ、そうなんだ。ダメなんだね、城南大っていうのは。なあ、慎一、今までお父さんずっと、茂之にかかりっきりだったけど、これからお前のことビシビシやるぞ」。かなりシビアな会話である。この後に待っている嵐の風景を予感させる父親の台詞だ。ここで、吉本がワインをわざとこぼして父親にかける…。

 父「しっかりやれよ。頼むぞ」。吉本は今度は残飯を父の食卓に空ける。続けてごみを散らかし、スープをこぼし、パスタを投げる。そのうちに、2人の子どもたちもおかずを投げ始める。さらに吉本はマヨネーズを辺りに振りまく。

 慎一「大学にも行かないかもしれない。やりたいこと、いろいろあるんだよね。西武高を辞めたっていいと思っているんだよね」。吉本が再びワインをテーブルいっぱいにかける。

 父「さっきから、何やってんだよ」。すると吉本は父親の腹を殴る。「何をするんですか」と言う母親の首を殴り、慎一と茂之も殴り飛ばす。吉本は家族4人を叩きのめし、テーブルをひっくり返して、植物図鑑を手にコートを翻して悠然と帰って行くのだった。なぜか爽快さを感じさせる場面である。馬鹿馬鹿しくて表面的に取り繕っている見せかけだけの家族の食卓を、根底からひっくり返し、破壊し尽くしたことへの共感と喝采である。

 吉本はたぶん、何か深い考えや教育的配慮があってこんな行動をとったのではない。しかし見ている方としては、この吉本のはちゃめちゃな行動は痛快に感じて心から笑えるのだ。拍手喝采するばかりである。メチャメチャになった食卓を無言で片付ける家族4人は何を考えているのだろうか。きっと何も考えていないのだろう。夕暮れの東京湾の風景が無表情で美しい。

 場面は西武高の1年生の教室へ移る。元通りのやる気のない生活に戻る茂之。そして一見平和でのどかな、昼下がりの沼田家が映し出される。彫刻の手を休める母親。子ども2人は昼寝をしている。やたらうるさいヘリコプターの音が聞こえてくる。母親が「何かあったのかしらねえ」と独り言をつぶやく。どこかで事件でもあったのだろうか。当時も相次いでいた少年事件を想像させる。

 ヘリコプターの音はおだやかな気持ちをかき乱し、不安定さや不安感をかきたてる。大人社会と家族のありようの暗い未来に暗示的なものを感じさせながら、どこにでもありそうな家庭の表情と家族の関係を見事にスケッチしてドラマは終わるのだった。「沼田家ではたまたま、父親が心配していたバット殺人が起きなかっただけなのかもしれないよ」という余韻を残して。

 子どものことを心から考えている風でありながら、実は上っ面のありきたりの価値観を押し付けているだけの「ごく普通の父親」と、お父さんに怒られるからしっかり勉強してよ、という主体性のなさを如何なく発揮する「どこにでもいる母親」を、伊丹十三と由紀さおりが見事に演じ切っている。宮川一朗太も「揺れる中学生」をしっかり自分のものにしていて好演。しかし何と言っても、家庭教師を演じた松田優作の存在感が絶品だ。いやあ、この人はホントに何を演らせても実にいい味を出す役者だなあ。「家庭教師・吉本」は松田優作以外には考えられないというほどのハマり役である。(カラー作品、106分)

2000/6/30 加筆修正


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