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 「ローマの休日」1997/12/25

王女と新聞記者の束の間の恋

すまん、この特ダネはなかったことにしてくれ…。

彼女を好きになっちまったから…。


 1953年、アメリカ。ウィリアム・ワイラー監督。堅苦しくて退屈な王室から抜け出してきた王女と新聞記者との束の間の恋。特ダネをモノにしようと、新聞記者は身分を隠して王女の小さな冒険に付き合うが、二人は次第にひかれ合っていく。でも結局、社会的な「立場」からは逃れられない…。とっても切なくてピュアで愉快で素敵なラブストーリーだ。

 ローマを訪れた王女アン(オードリー・ヘプバーン)は、同じような行事が繰り返し続く毎日にうんざりしていた。強く不満を訴える王女に、主治医は鎮静剤を注射して気持ちを落ち着かせようとする。我慢できずに夜中にこっそり大使館を抜け出した王女だが、途中で鎮静剤が効いてきて道端で眠り込んでしまう。そこに通りかかったのが、ポーカーに負けて帰宅途中のアメリカ人の新聞記者、ジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペック)だった。「酔っ払い女」に住所を聞いてもらちが明かず、成り行きから自分のボロアパートに泊めるはめになる。

 翌朝、アン王女の記者会見に出る予定だったブラドリーだが、目が覚めたのは正午。記者会見の時間はとっくに過ぎている。大慌てで会社(アメリカン・ニュース・サービス、ローマ支局?)に出勤したブラッドレーは、そこで「アン王女が急病」と1面トップで報じる地元新聞各紙の大きな写真を見てびっくりする。これは、わが家に泊めたあの「酔っ払い女」では…。

 王女の記者会見に出る予定だった新聞記者が、そもそも本人の顔を知らなかったというのも笑える話だが、そこは善意に解釈すればいかにもいい加減なアメリカ人記者らしいとも言える。それはさておいて、そこで俄然、むくむくと沸き起こってくるのが新聞記者魂というものだ。大急ぎでアパートにとって返し、長椅子に寝かせていた「酔っ払い女」を急いでベッドに移し替えるのだった。

 礼を述べて帰って行く王女の後を、ブラッドレーはこっそり追う。王女は市場をのぞいたり、美容室では長かった髪をばっさり切ってみたり、ソフトクリームを買って広場の石段に座って食べたりして、開放された自分だけの時間を楽しむのだった。ブラッドレーは「おや君か! 驚いた」と偶然を装って声をかけた。王女は「昨夜、逃げ出したの…学校から」と説明する。

 「1日中好きなことをして気ままに過ごしたいの。カフェに座ったりお店を拝見したり雨の中を歩いたり…」「片っ端から実行しようよ、2人で」「お仕事は?」「きょうは休みさ」。純真で世間知らずの王女をだますことなんて雑作もないことだった。

 王女の束の間の休日に付き合って、ブラッドレーはローマの街を案内することになった。「極秘の大スクープで稼ごう」と親友のカメラマン、アービング・ラドビッチ(エディ・アルバート)に持ちかけて、3人はローマの観光名所に繰り出す。そこで王女は初めての体験を重ねていくのだった。喫煙、オートバイの2人乗り、暴走して交通違反で警察署へ出頭、名所の「真実の口」に願い事を叶える壁、そして船上パーティーでのダンス…。どれを取っても今までにしたことのないことばかりの楽しい一日が過ぎていく。もちろんその間にも、カメラマンはちゃっかりスクープ写真を撮り続けているのだ。

 「なぜ、自分を犠牲にして丸一日も付き合ってくれたの」と尋ねる王女の質問に、ブラッドレーはぐっと詰まってさすがに後ろめたさを感じる。そこに情報部員が現れて、ダンスを楽しんでいる王女を連れ戻そうとするのだが、王女はビール瓶とギターで情報部員の頭を殴り、ダンス会場は大乱闘になった。海に飛び込む2人は岸辺に泳ぎ着き、初めてのキスを交した。

 2人がブラッドレーのアパートに戻ると、ラジオニュースが「王女重体説」を報じていた。「縫い物もアイロンかけも自信あるの。ただそれをしてあげる相手がいなかっただけ」「キッチンのある家へ引っ越さなきゃ」「そうよ」。そんな会話をした後で、王女はしばらく考えて「私…、もう行くわ」と決断を下した。抱き締め合いながらブラッドレーは、あくまでも取材対象として接していたはずの王女に愛を感じ始めている自分に気付いていた。「話があるんだ」と言いかけたブラッドレーを、王女は「何も言わないで…」とさえぎる。王女としての自分と、一人の女としての自分と。アン王女はその間の葛藤に悩むのだった。そしてやはり彼女は「王女としての責任」を選ぶことを決断する。大使館の手前で車を止めて敷地内に駆け込むアン王女。心配して詰め寄る側近に彼女はきっぱりと言い放つのだった。「祖国と王室に対して義務があればこそ戻って来ました」

 翌朝、アパートにやって来た編集長にブラッドレーは言う。「特ダネはありません」。喜び勇んで写真を持参したアービングにも、「この写真に付ける記事はない。ないんだ。俺は降りるよ」と苦しそうに語りかける。うーん、とうなりつつ唖然としながらも、アービングはブラッドレーの心中を察するのだった。

 「バッチリ写ってるぞ。見るか?」。そう尋ねるアービングの手には「最初のたばこ」「望みの叶う壁」「王女尋問さる」「一発食らった用心棒」「王冠の一撃」といったアン王女の傑作写真がずらりと並んでいた。どれも、あの隠し撮りでよくぞここまでという名作揃いである。

 数時間後、王女の記者会見が始まった。新聞記者として自分の前に立っているブラッドレーの姿にはっとなる王女。彼女はブラッドレーが記者だったことにここで初めて気付くのだった。国家間の友好関係になぞらえて、王女は「友情を信じます。人々の友情を信じるように」とそれとなく語る。もちろん、その言葉はブラッドレーに向けて言っているのだ。ブラッドレーが「自社を代表しまして一言。王女様の信頼が裏切られることはないでしょう」と応じる言葉を聞いて、王女は「それを伺って大いに満足です」と答えた。

 続いて別の記者が質問する。「最も印象に残った訪問地は?」。王女はいつものように、あらかじめ用意された当たり触りのない答えを述べ始める。「いずこも忘れ難く、良し悪しを決めるのは困難…」と。しかしそう言いかけて、王女は突然「ローマです! もちろんローマです」と敢然と断定する。「今回の訪問は永遠に忘れ得ぬ想い出となるでしょう」。かごの鳥のように生きてきた王女が、自分の意思と自分の言葉で公式発言したたぶん最初で最後の瞬間だった。

 言うまでもなくこの台詞も、ブラッドレーに対して語りかけているのだ。目と目だけの会話で2人はすべてを理解した。ほかの記者は何のことだかさっぱり分からないが2人には互いの気持ちが分かった。続いて写真撮影。アービングが、ポケットから取り出した隠し撮り用のライター式カメラで王女を撮影し、にやりと笑う。唖然とする王女。普通ならばここで記者会見は終わるのが段取りだが、王女は「親しくお会いしたいと思います」と言い出して記者たちと挨拶を始めるのだった。側近たちは異例のことに訳が分からず戸惑うばかりだ。

 王女は各社の記者たちと一人ずつ握手して回る。カメラマンのアービングの番が回ってきた。「ローマご訪問の記念写真を献上します」と言って彼は封筒を王女に渡した。情報部員の頭を王女がギターで殴りつけている見事なスクープ写真をちらりと見て、王女は微笑んだ。次はブラッドレーの番だった。「アメリカン・ニュース・サービス社のジョー・ブラッドレーです」「光栄ですわ」。たったこれだけの会話だったが、お互いの思いは十分に伝わった。そして、王女は泣き出したいような思いや、改めていっぱい話したいことや、あるいは胸に飛び込みたい気持ちなどをぐっとこらえて、そしてにっこり笑って記者会見を無事に終えるのだった。壇上で微笑む王女に、ブラッドレーは「分かっているよ」という感じでうなずく。再び会えることは、たぶんもう二度とないだろう。だけど、楽しかったあの一日を2人は生涯決して忘れることはない。映画の中で最も盛り上がるクライマックスの場面である。

 王女が立ち去っても、ブラッドレーはしばらく記者会見場に一人立ち尽くしていた。そしてポケットに手を突っ込んで歩き出し、出口で立ち止まってもう一度振り返った。その姿が哀愁を帯びていて、見ている者をさらに切ない気持ちにさせる。なかなか、じーんとくるものがあって何度見ても泣かせるシーンだ。

 グレゴリー・ペックの新聞記者が渋くてカッコいい。もっとも、この作品を見て新聞記者を志したなんていう人がいれば、お目にかかりたいものだけど。いやもちろん、そういう人がいてもいいんですが…。それにしても、オードリー・ヘプバーンは表情豊かな女優だなあと思う。「美人」だとか「かわいい」というだけでない。「何を伝えようとするか」がやっぱり一番大事なことなんだね、ということを痛感させる女優の一人だ。ホントに素敵なラブストーリーの名作である。(モノクロ作品、118分)

2000/6/30 加筆修正


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