身辺雑記 

by totoropen (OOKA Minami)


2019年2月1日〜2月28日

●事なかれ主義の怠慢がすべて●シラバス執筆●自動翻訳●ポイントカードまた増えた●大人なのに●やはり商売は人柄●定期試験の採点終了●成績評価●安倍政権こそ悪夢●飲み会●うんこはトイレに●寝転がってテレビを●もったいない●そろそろ花粉症が●暖かいのはうれしいけど●記者の後ろには●蛍光灯を交換●政治家の言葉と心●辺野古反対の民意さらに拡大●何を伝えるか伝えないか●目の痒みも●真っ昼間から●●●ほか


2月1日(金曜日) 事なかれ主義の怠慢がすべて

 千葉県野田市で小学4年女児が父親に虐待されて死亡した事件では、学校のアンケートに書いた内容を父親に見せた市教委のいい加減で、その場しのぎで、事なかれ主義の犯罪的対応が問題視されている。「配慮が足りない」といった言葉ではとても納得などできない。「ひみつをまもる」はずの大人たちに秘密を暴露され、裏切られたと悟った小4女児の絶望感は想像に余りある。

 致命的な無責任さであり背信行為だが、同じことは問題を把握しながら一度も家庭訪問しなかったという柏児童相談所と、転校先の学校にも言える。

 「児童相談所の職員はみんな一生懸命やっている」「圧倒的に人手が足りない」とよく言われる。確かに人手不足なのは全くその通りだと思うし、限られた人数で一生懸命に取り組んでいる児相の職員は大勢いるだろう。しかしおざなりで事なかれ主義の対応をしている職員も実際には少なからず存在する。そこから目を背けてはいけない。現に今回の対応は無責任さ極まりない大失態であり、不作為そのものの職務怠慢ではないか。

 今回だけではない。昨年3月に東京都目黒区で虐待死した5歳女児も、香川県から転居した目黒区で悲惨な結末を迎えることになった。同じように大人の怠慢で救える命が救えなかった事件が、これまでにいったいどれだけあったことか。

 転居先との連携、関係機関の連携、横のつながり、職員や教職員同士の意思疎通をしっかりするのはもちろんだが、児童相談所と教育委員会事務局と学校がまず認識すべきなのは、「自分たちは子どもの命を預かっている」「虐待死させられるかもしれない命を救えるのは自分たちしかいない」という自覚と職業意識である。理不尽な親に毅然と対応するのは当然の話だ。そうした覚悟がなく事なかれ主義の対応をするような職員は、今の仕事を続ける資格はない。即刻退職すべきだ。

 厚生労働省や総務省など霞が関でまかり通っているデタラメな統計調査や、公文書のふざけた取り扱いや隠蔽もまったく同じだ。公僕としての自覚と職業意識と矜持と倫理観の欠如が、すべての根本的原因であると言っていい。


2月4日(月曜日) シラバス執筆

 昨日から大学のシラバスを執筆している。今年(来年度の授業)から、日本語のほかに英語でもシラバスを書かなければならない。さらに執筆項目も増えたので、これまでと比べて格段に負担が重くなった。文部科学省の通達によるものらしいが、現場を知らない教育行政の役人がまったく余計なことばかり押し付けてくる。しかもシラバス入力のシステムも大幅に変更されて、煩雑になったので四苦八苦だ。試験の採点と成績評価もあるし、取材だってあるのに。参ったなあ。

 無駄で無意味な仕事を増やして教員を疲弊させて、授業や教材研究や児童・生徒・学生との対話といった、本来やるべき仕事の時間が奪われている残念な状況は、小学校・中学校・高校のすべてに共通する。これまで比較的自由だった大学にもその波が、いよいよ押し寄せつつあるということだろうなとつくづく思う。


2月5日(火曜日) 自動翻訳

 日本語版のシラバスをすべて書き終えて、英語版はとりあえず自動翻訳にかけてみた。大学側は自動翻訳でもいいと言うのだけど、この自動翻訳がなかなか曲者で信用ならない。英語が得意とは言えない僕がざっと見ただけでも、原文と全然違う意味に訳されていると思える個所が結構あるからだ。手直しできるところはそれなりに修正してみるけど、なんだかなあ。


2月6日(水曜日) ポイントカードまた増えた

 またポイントカードが1枚増えてしまった。久しぶりに東京・神保町の東京堂書店で本を買ったら「ポイントカードを作りますか」と勧められた。Tポイントカードと違って東京堂の専用カードなので、裁判所の令状なしに捜査機関に個人情報を提供することなどまずあり得ないだろうから、カードを作ってもらうのは全く問題ないのだが、カードフォルダーがさらにかさばるのが困る。あっちこっちでカードを勧められるので増える一方だ。

◇◇

 午後から都内で弁護士を取材。夕方から教育関係の訴訟の弁護団会議に顔を出す。延々と3時間も続いたので疲労困憊。でも帰りの電車はかなり空いていて助かった。通常なら超満員のはずなのに空いていたのは、もしかしてインフルエンザが原因なのでは。感染して自宅で寝込んでいる人が多いからではないかと推測しているのだけど。


2月7日(木曜日) 大人なのに

 「大人」として子どもに対応し接することができない、そんな大人がいるんだなあ、学校でも家庭でも。噛んで含めるように分かりやすく、繰り返し説明すればいいだけなのに。子どもと同じレベルで怒ったり威嚇したり無視したりして突き放すのと、子どもの目線で向き合って寄り添うのとは全く違う。自分は大人で、相手は子どもなのだから。

 大人であり教育のプロのはずなのに、どうしてそういう基本的なことが分からないのだろう。取材を通して最近、つくづくそう感じたことがある。子どもみたいな大人が増えているのかもしれない。そう言えば政権トップに居座っているのも、そんな人たちばかりでしたね。


2月8日(金曜日) やはり商売は人柄

 駅近くのコンビニに、今月末で閉店するとの張り紙が出ていた。アルバイト学生の接客はいずれも何も問題なかったが、中年男性の店長がものすごく感じが悪かったので、ああやっぱりと思った。当然の結果のような気がする。開店して2年ほどの間、ずっと客が少なかった。さもありなん。どんな商売でも、成否を左右するのは人柄なんだな。


2月9日(土曜日) 定期試験の採点終了

 定期試験の採点がすべて終わった。試験問題は一問で論述式。ポイントとなるキーワードが答案の中できちんと触れられているか、問われている論点に過不足なく言及しているか、論理的に分かりやすく説明し論じているか、といったところが評価の要点になる。

 普通に講義を聴いてさえいればさほど難しい問題ではないのだが、逆に言えばちゃんと聴いていないとうまく答えられないかもしれない。まあ、それはほかの講義でも同じことで、当たり前の話だとは思うけど。さて、あとは履修者名簿に採点結果を転記して、レポートとリアクションペーパー(毎回の授業の際に回収する応答用紙)の評価を加味し、成績評価(単位認定)をする作業が残る。慎重にしなければ。


2月11日(月曜日) 成績評価

 成績評価(単位認定)の作業が完了した。できることならばなるべく「不可」にはしたくないと思う。しかし、定期試験の答案は一定の水準に達していないばかりか、レポートも提出せず、さらに平常点(毎回の授業の際に回収する応答用紙の記述内容)も基準以下のレベルだと、フォローのしようがない。

 なんとか切り上げ可能なケースは「C評価(可)」に底上げして救済したけど、それにも限界がある。加点する材料がなければさすがに無理だ。「レポートさえ出していたら救済できたのに」「せめて応答用紙をきちんと書いていれば」という学生が何人かいたのは残念だった。毎年とても悩まされる。文句なしに優秀な学生や逆に完全に論外の学生だったら、全く何も迷わないんだけど。


2月12日(火曜日) 安倍政権こそ悪夢

 安倍政権が6年間も続いている悪夢……。権力を私物化し、公文書を改竄し隠蔽し廃棄し、公の場で平然と嘘をついてごまかし、はぐらかし、開き直って恫喝し、憲法を蹂躙して、民主主義と議会政治と積み重ねてきたこの国の外交もすべて破壊し尽くす。そんな前代未聞の異常で異様な安倍政権が6年間も続いている、それこそが悪夢だ……。

 「(12年前の亥年に)悪夢のような民主党政権が誕生した」と自民党大会で声を張り上げる安倍首相に驚き呆れ、安倍首相こそが最大の悪夢じゃん、と悲嘆するこの国の納税者(主権者)は少なくないはずだ。


2月13日(水曜日) 飲み会

 大学の先生と午後4時から大船の大衆居酒屋へ。答案採点と成績評価とシラバス執筆が終わったということで軽く打ち上げ。サクサクの衣とふっくら熱々のアジフライやエビチリが絶品だ。ビールや焼酎のお湯割りに合う。1時間半ほど舌鼓を打ってから、すぐ近くの洒落た感じの和酒バーへ移動。こちらの店は手作り3種のお通しが文句なしの味わい。脂がたっぷり乗った肉厚のヒラメの刺身やサバの炙りなど、魚料理がどれもとても美味しい。日本酒にすごく合う。5時間ほど歓談した。


2月14日(木曜日) うんこはトイレに

 居間に置かれたでっかいうんこを寝室に移動させたら、それで問題解決になるわけがない。トイレに運んで流さなければ問題は終わらない。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の問題も同じことだ。名護市辺野古の美しい海を埋め立てて飛行場を新設するのではなく、そもそも沖縄県外に米軍基地を移さなければ解決にはならない。国外か、せめて本土に移すのが筋というものだろう。沖縄県民投票が告示されたが、辺野古埋め立ての賛否を問われて「どちらでもない」なんて選択はあり得ない。

 「辺野古の住民には申し訳ないが、一日も早く普天間基地を除去してほしい」(NHKニュース)という宜野湾市民の反応もひどすぎる。これこそが、まさに安倍政権が目論む「沖縄県民の分断」そのものではないか。あまりにも残酷な現実に悲しくなる。安倍政治の無惨で無慈悲で非道な沖縄への仕打ち。これが「美しい国」とやらの姿なのか。


2月15日(金曜日) 寝転がってテレビを

 寝転がってテレビを見るために、ソファーベッドを買おうと家具雑貨量販店に出かけた。だけどよく考えると、小型でもそんなものを置くほどうちのリビングは広くないよなあ。それじゃあビーズソファ(ビーズクッション)だったら大丈夫かなと思案するも、それだと今度は小さすぎる。座り心地も大して良くないので役に立たなさそうだ。そんなわけで折り畳めるマットに決めた。軽くて小さいのでそのまま持ち帰れるし、何より値段が安いのがよかった。ロングシートクッション(長座布団)よりも、ごろ寝をするには快適かも。


2月18日(月曜日) もったいない

 今年度の後期講義には、追試験の受験申し込みがなかった。意外だった。レポートもリアクションペーパー(授業の際に毎回集める応答用紙)もきちんと提出し、いずれの内容も悪くなかったのに、なぜか定期試験を受けなかった学生がいたからだ。風邪かインフルエンザで体調を崩したのかなと想像していたのだけど、普通に受験さえしていれば(あるいは追試を受ければ)、少なくとも単位が不認定になることはたぶんないはず。それだけにもったいないなあと思う。


2月19日(火曜日) そろそろ花粉症が

 そろそろ花粉症の症状が現れ始めた。鼻がムズムズしてくしゃみを連発。今のところ目はまだ大丈夫だけど、そのうち目も痒くなってくるはずだ。鼻炎薬は現在1日おきに、容量の半分の1カプセルを飲む程度。できることなら薬は飲まずに済ませたい。頭がぼーっとして眠くなるので、服用せずに済むのであれば、それに超したことはない。でもそうも言っていられなくなるのだろうな。憂鬱な季節の到来だ。


2月20日(水曜日) 暖かいのはうれしいけど

 横浜の最高気温は19度。厳しい寒さが一転し、少しずつ春が近づきつつある。それだけに花粉の飛散量もじわじわと、しかし着実に増えつつあるのを実感する。マジで勘弁してほしいなあ。暖かいのはうれしいけど。


2月21日(木曜日) 記者の後ろには

 首相官邸による記者の質問制限問題について、東京新聞が2月20日付の紙面で検証記事を掲載した。この中で東京新聞は官邸側とのやりとりを紹介。東京新聞側が「記者は国民の代表として質問に臨んでいる」と主張すると、官邸側からは「国民の代表とは選挙で選ばれた国会議員。貴社は民間企業であり、会見に出る記者は貴社内の人事で定められている」との反論があった、と伝えた。権力者の驚くべき勘違いと無知蒙昧に心底呆れて、言葉を失う。

 記者の後ろには多くの読者や視聴者がいる。記者の取材活動は、記者個人の興味本位や自己満足で行っているのではなく、主権者たる国民の「知る権利」に応えて奉仕するためのものだ。そうした取材の成果は、主権者が権利を行使する際の重要な判断材料となる。だからこそ記者は「国民の代表」として質問し取材する。

 権力が腐敗していないか、憲法と法律に基づいて権力を行使しているか、税金は適切に納税者のために使われているか、権力による人権侵害などの暴走はないか。常に権力を監視して、主権者たる国民に知らせるのが記者の最も重要な仕事だと言っていい。民主主義の根幹を支えるジャーナリズムには公益性がある。

 まともな政治家(権力者)は、記者の仕事とジャーナリズムの果たす役割を認識している。自分たち政治家は監視される側で、記者は権力を監視し伝える側であること、記者の後ろには多くの読者や視聴者がいることも理解している。公益性のあるメディアを「民間企業」「私企業」などと切り捨てるなんてあり得ない。まともな政治家なら、そんな乱暴な言動は恥ずかしくてしない。

 ところが安倍政権の面々は違う。権力者は監視される立場にあり、主権者たる国民に説明責任を果たさなければならないという自覚がどこにもない。傲慢不遜というだけではない。常識が通じないのだ。そもそも安倍政権には、教養や知識が決定的に欠如していることが改めて明確になった。自民党政権だけでなく歴代政権の中でも最低最悪。度し難い非常識さ。こんなひどい政権はいまだかつて見たことも聞いたこともない。まさに「悪夢の政権」である。

【関連記事】2019年3月4日付「身辺雑記」(「『主戦場』はそこじゃない」)


2月22日(金曜日) 蛍光灯を交換

 リビングの蛍光灯がとうとうダメになった。点灯してから30分ほどすると勝手に消える。蛍光管が黒ずんでいるし、そのうち点いたり消えたりし始めるのも時間の問題だろう。というわけで、ついでに寝室の怪しくなりつつある蛍光灯も交換することにして、家電量販店で新しい蛍光灯を2セット購入。ああ、またもや余計な出費が……。


2月24日(日曜日) 政治家の言葉と心

 天皇陛下御在位30年記念式典。日本国憲法や沖縄と天皇との関係に触れ、語り口にも心がこもっていた(ように聞こえた)大島理森衆院議長の祝辞。一方、いつものように型通りで無味乾燥な言葉を連ねて、早口で原稿を棒読みするだけの安倍晋三首相。もちろん憲法にも沖縄にも触れることなどあるはずもない。両者の違いは際立っていた。

 大島衆院議長の演説はいつもうまいなあと思う。政治家は言葉が大事、言葉が命だと言われるが、言葉からは心が透けて見える。安倍首相(の言葉)には決定的に心が欠如している。絶望的なまでに品格も教養も理念も見えてこない。今さら言うまでもないことだけど。

 そして、「象徴としての天皇像を模索してきた」天皇陛下の挨拶をぶち壊し、台無しにした安倍晋三の「天皇陛下、万歳」の発声と万歳三唱。呆れて絶句するしかない。その心中やいかに。

◇◇

 沖縄県民投票で、名護市辺野古の埋め立てに反対する票が7割を超えた。昨年9月の沖縄知事選で玉城デニー知事が獲得した最多得票を、今回の反対票が大きく上回ったのがポイントだ。米軍普天間飛行場の移設に伴う新基地建設をめぐって、辺野古の埋め立てを拒む沖縄の民意がさらに大きく広がったことになる。

 「沖縄に寄り添う」などと心にもない口先だけの言葉を垂れ流しながら、圧倒的多数の沖縄県民の声に全く耳を貸そうとせず、民意をずっと踏みにじってきた安倍政権。明確な反対の声を突き付けられてもなお、「辺野古の埋め立てしか選択肢はない」と強弁し、沖縄を再び「捨て石」にするつもりなのか。それとも反省して考えを変えるのか。改めて姿勢が問われる。


2月25日(月曜日) 何を伝えるか伝えないか

 「辺野古の埋め立て反対7割超」「知事選の得票を上回る」という民主主義の根幹に関わる沖縄県民投票のニュースを、1面トップで大きく伝える朝日、毎日、東京の3紙に対し、1面の中段で地味にこじんまりと目立たないように伝える読売新聞。読者(主権者である国民)に伝えるべきものは何なのか、判断材料として何を伝えるべきなのかは明確なのに(いずれも東京本社最終版)。

 そしてNHKは「沖縄県民投票『反対』が有権者の4分の1超」「沖縄辺野古沖埋め立て、県民投票『反対』有権者の4分の1超」などと伝えている。ニュース原稿もテロップも「有権者の4分の1超」の表現で一貫していて、辺野古の埋め立て反対が有効投票数の7割を超えたこと、知事選での玉城知事の得票を大きく上回ったことには、一言も触れようとしない。

 あまりにも異様なNHKニュース。あまりにも不自然で不公正で意図的だ。確かに事実そのものは間違ってはいないかもしれないけど、ニュースの本質や背景や意味を正確に誠実に伝えているとは思えない。25日の夜のニュースで申し訳程度に「7割」という数字をちらっと流したが、辺野古移設反対の意思表示(とその広がり)をでき得る限り矮小化したい、隠蔽したい、と思わせる伝え方にしか見えない。

 何を伝えるか、伝えないか。どのニュースを大きく扱うか、大きく扱わないか。ニュースをどのように伝えるのか。それによってジャーナリズムとしての姿勢は明確になる。だれのために何を伝えているのか。権力者のための広報・宣伝なのか、それとも権力者を監視し、主権者に判断材料を提供する報道なのか。わざわざお金を払って読む(視聴する)に値する紙面や番組か否か、は明らかだ。


2月27日(水曜日) 目の痒みも

 花粉症がいよいよ本格化し始めた模様。昨日あたりから目の痒みの症状が現れてきた。さらに夜になると鼻詰まりの症状も出て、布団に入っても安眠できない。鼻炎薬の分量を増やして(つまりは本来の用量を服用して)対抗するしかなさそうだ(涙)。


2月28日(木曜日) 真っ昼間から

 大学の先生に誘われて、新丸子の有名な大衆食堂へ。超人気店なので午後2時過ぎに出かけた。雨も降っているから余裕で入れるだろうと予想するも、まさかの臨時休業の張り紙が。マジか。仕方なく路線変更して、午後3時からやっている大船の大衆居酒屋へ向かう。真っ昼間から午後7時過ぎまで4時間ほど飲み食いした。


ご意見・ご感想などは<こちら>まで

身辺雑記の総目次ページへ戻る

フロントページへ戻る

[NEW][EVA][カレカノ][トトロ][映画][セカンド][リンク][作者][BBS]