身辺雑記 

by totoropen (OOKA Minami)


1999年10月1日〜10月31日

●原発の本質を考える●片山隼君の両親を取材●タイプライター原稿はカッコいい●民意に反する強力内閣●東海村の臨界事故は「レベル5」?●アクセスポイント混雑に泣く●「家栽の人」に会う●ズーラシアに猿山はなかった!●気分が乗る瞬間●「冬の十字架」を買う●ホームページ開設2年●忙しくてピ〜ンチ!●綱渡りでピ〜ンチ!●心理テストのゲーム●前橋で日弁連の大会●ゲラ確認とかフリーズとか●米沢牛と新米と新酒と温泉●秘湯の露天風呂は最高だ●村上龍「ラブ&ポップ」を読む●主婦と資産運用●反面教師●狂信的タカ派の強姦魔●綱渡りに落とし穴●教育研究集会で講演●野菜尽くし●半透明のごみ袋●さようなら「ニフスパ」●クズ本を古本屋に売る●愚痴を3連発●●●ほか


10月1日(金曜日) 原発の本質を考える

 茨城県東海村の核燃料工場の臨界事故で、被ばくした人の数はその後、どんどん増えて49人になった。今回の事故は民間会社の初歩的なミスなどといった単純な問題では決してない。原発(原子力産業)はちっとも安全などではなくて、安全よりも効率や能率を優先させる「資本の論理」「原発の本質」が表面化したに過ぎない。そういう認識からまずスタートしなければ事故は何回でも繰り返されるだろう。それにしても世界で唯一の被爆国だというのに、政府の危機感のなさはどういうことだろう。対応は遅いし事態の認識は甘いし、危機管理もまるでできていない。外電などによると、むしろ欧米諸国の方が今回の事故の深刻さをしっかり認識しているではないか…。そもそも周辺住民や日本国民は、オブチ首相が言うような「迷惑や不安」どころではなくて、とてつもない「恐怖」を与えられたと思うのだけど。

 そんな中、福井県高浜町の高浜原発ではきょう、プルサーマル計画を進めるためのMOX燃料が陸揚げされた。MOX燃料はプルトニウムとウランの混合酸化物で、品質データが捏造(ねつぞう)されていたことが問題になっている。原子力産業の本質の一端がこんなところにも垣間見ることができる。基本的事実を偽って平気でいる人たちが推進する原発の安全性を、どうやって信頼しろと言うのだろう。今回の事故で資源エネルギー庁は「原発推進の方向に変わりはない」と強調しているが、原子力の「平和」利用なら手放しで安心できるというものでは決してないのだ。きのうの「身辺雑記」でも書いたけど、あえてもう一度。原子力発電の怖さの本質については、お薦め映画のページの「チャイナシンドローム」をぜひ参照してほしい。

 それにしても世界的には原発を減らす方向にあるのに、先進国では日本とフランスだけが、一貫して原発を増強しようとしているのがそもそも理解に苦しむんだよなあ。何を考えているんだか…。そんなわけで、茨城県内に住んでいる母親に一応電話してみる。霞ケ浦の近くで東海村からは直線距離で40キロ以上離れているから、今回の場合は全く安全圏なんだけどまあ念のためにね。しかし日本地図を見る限りでは東海村から至近距離のように感じるな。


10月2日(土曜日) 気になった言葉から

 東海村の臨海事故で気になった言葉から。「日本政府は当初、事故は小規模のものであることを強調しようと懸命になっていました」(米CBSテレビニュースから)、「日本でこんなことが起こるなんて考えてもみなかったが、国のことを信じているから心配していない」(現場近くの主婦=朝日新聞から)、「住民の大規模な避難訓練は『不安をあおる』という理由で、ほとんど行われてこなかった」(同)。根拠のない安全神話をつくり上げて、それを善良な国民を信じ込ませて、そしてできるだけ事実を隠し続ける…。そんな姿勢の原子力行政と原子力産業にだまされる国民がおめでたいのか…。いくら何でも、もういい加減に目を覚ましてもいいのではないだろうか。

 片山隼君の両親を取材 登校途中の交通事故で死亡した、東京都世田谷区の片山隼(しゅん)君(当時小学校2年生)のご両親から話を聞く。ひき逃げしたとされている大型ダンプカーの運転手は一度は不起訴となったが、世論の盛り上がりによって一転して起訴が決まったことで、多くの人の記憶に残る事件である。通された部屋には、元気に笑う隼君のスナップ写真やお絵描きなどが壁いっぱいに張られていた。亡くなった子どもを、ずっと大切に思い続ける親の気持ちが切ないほど伝わってくる。納得できるまできちんと調べてほしい、真剣に裁判をしてほしい、遺族の声に耳を傾けてほしい…。それがご両親の切なる願いだ。事情聴取や起訴や裁判を可能な限りていねいに進める関係者の姿勢は、被害者本人や遺族を精神的にケアする側面もあるのだなあということがよく分かった。最後の最後まで最善を尽くす医者と同じである。仮に残念な結果になっても一生懸命にやってもらえたら、残される遺族にしても納得がいくというものだ。


10月3日(日曜日) タイプライター原稿はカッコいい

 けさ未明に、映画「大統領の陰謀」をテレビ朝日系で見る。ウオーターゲート事件の真相を暴いていく、ワシントンポスト記者のお話である。いくら何でも午前3時過ぎからの放映はひどいと思うけど…。学生時代に映画館(名画座)で見て、その後にビデオでも見ているから今回で3回目になるが、いずれにせよずいぶん久しぶりだ。ちゃんとした感想はただ一つ。現場の記者を信頼して、政府機関すべてからの圧力にも屈しないで、取材を続行させる。あんな編集幹部のいる新聞社で働ける記者は幸せだよねっつーことだけである。あえて趣味的な感想を述べると、主演のロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンがさすがに若いよなあ。それから、これはどのアメリカ映画もそうなんだけど、タイプライターで原稿を打つシーンはいつ見てもなぜかカッコいいんだよねー。それが例え人さし指だけで打っていてもね。いや、むしろ人さし指だけでカタカタパシャパシャとキーを叩いている姿がよいのだ。僕が新聞記者になったばかりのころはまだ、記者は例外なく鉛筆で原稿用紙を埋めていた。間もなくワープロが登場して、今ではパソコンが当たり前になったけど、タイプライターで原稿を書くあのシーンは道具を使いこなしている感じで、今も変わらず渋くてカッコいい。

 夕方からK記者宅を訪問する。アパートの契約更新をするため、連帯保証人のサインをもらいに行ったのだ。栗ご飯、おでん、トマトサラダなどの夕食をご馳走になる。うまかった〜。しかも一食浮いたしね(おいおい)。午前2時過ぎまで話し込む。


10月4日(月曜日) 風邪

 きのうあたりから急に肌寒くなってきたせいか、のどが痛くて咳がひどい。どうやら風邪をひいたみたいだ。昨晩はちゃんと薬を飲んでから寝たんだけどなあ…。咳が出て安眠できないのが辛い。そんなわけで、ご飯とトイレタイムを除いて、夕方までぐずぐずと家で寝る。とは言っても体調に関係なく仕事絡みの電話はかかってくるのだった。夕食を食べてまた少し寝たら、だいぶ復活してきたぞっ。そー言えば、書かなければならない原稿がまだ手付かずの状態だったんだなあ…。う〜ん…。あした頑張ればいいや(爆)。


10月5日(火曜日) 民意に反する強力内閣

 ついに自自公連立内閣が発足しちゃったなあ…。衆参両院で過半数を制する強力内閣になったわけだけど、そこには民意が全然反映されていないというのが恐ろしい。昨年の参院選で、有権者は自民惨敗の結果を突き付けたはずなのに、そうした民意がいとも簡単にひっくり返されてしまう現実に驚くばかりだ。国民に信を問わずにこんな政権ができてもいいのだろうか。それにしても、改造オブチ内閣の顔触れで、思わず爆笑して絶句してしまったのが郵政相の八代英太である。盗聴法成立の際に、法案の正当性と採決の有効性を率先して必死に訴え続けた御人であるから、あきれてものが言えないよ。恐れ入りました。オブチ君はこの先、何をやらかしてくれるのだろう。「早く解散総選挙をやれ」としか言いようがないな。


10月6日(水曜日) 東海村の臨海事故は「レベル5」?

 午後から、衆議院第二議員会館で開かれた原子力資料情報室の記者会見に出る。国会周辺は不慣れで、警備のお巡りさんに3回も道を尋ねてしまった。しかも昨日とは一変して陽気がいいから、汗だくで議員会館にたどり着く。茨城県東海村の臨海事故は工場から半径350メートル以内の避難勧告が解除されたが、同情報室によれば「引き続き放射能は放出されており、安全宣言を出せるような状態ではない」という。そもそも避難区域としての350メートルという範囲は安全とは言えず、1200メートルは必要だったのではないかとしている。一方、国際的な事故評価尺度について同情報室は、放射性物質の放出量から考えて、今回の臨海事故は日本政府の示した「レベル4」を上回る「レベル5」であると断定した。その上で政府と原子力安全委に対して、すべての放射能測定データの即時公開を求めている。同情報室は脱原発を目指す非営利の調査研究機関として1975年に発足。組織の安定維持と機能充実のため、今年9月に東京都から特定非営利活動法人(NPO法人)の認証を得た。ところで記者会見の席で、情報室通信や原子力市民年鑑などの全データを収録したCD-ROM(今月16日発行)をもらったのだが、わが家のパソコンではなぜだか開けない…。いくらトライしても「未知のフォーマットのため開けません」と表示が出るのだ。林檎でも窓でも対応できると聞いたんだけどなあ(涙)。


10月7日(木曜日) アクセスポイント混雑に泣く

 このところ、午後11時台から午前零時台にプロバイダーのアクセスポイント(AP)に接続しようとすると、毎日のように話し中になっている。話し中だから当然インターネットにはつながらないわけで、メールのチェックもホームページの更新もその間はできない。いくらテレホタイムだと言っても、今までにこんなことは半年に1回あるかどうかだったんだけどなあ。どうして急に混雑し始めたのだろう。う〜む。横浜のアクセスポイントに人気が殺到しているのか。だとしたらエライ迷惑だぞ(爆)。午前零時を過ぎた直後でタイミングがよければスムーズにつながるのだが、そうでないと何回もリダイアルした上に「アプリケーションがクラッシュしました」なんて表示が出て、最悪の場合はフリーズしてしまうのである(泣)。おいおい、頼むよ…。午前零時45分ごろを過ぎるとようやく混雑解消されるけど、いつまでこんな状態が続くのかなあ。そんなわけで、阪神タイガースは2年連続の単独最下位を決めた。さすがは阪神。やっぱりそこが定位置だったか…。それにしてもあの「優勝フィーバー」が空しいな。


10月8日(金曜日) 「家栽の人」に会う

 書きかけの原稿を中途半端なままにして、夕方から東京・四谷の出版社に写真を届けに行く。ついでに少しばかり今後の取材の打ち合わせをする。そこで、たまたま別件で来社していた作家の毛利甚八さんを、編集長から紹介してもらった。家庭裁判所の裁判官と少年事件を描いた人気漫画「家栽の人」(ビッグコミックオリジナル連載)の原作者である。この作品は片岡鶴太郎の主演でテレビドラマにもなっている。何を隠そう僕は「家栽の人」の連載時からの大ファンなのだ。単行本は全巻持っていたりする。主人公の桑田判事は「少年の心を開くのが家裁判事の仕事である」という信念を持ち、自分の目と耳で事件の背景を確認してから審判に臨む。そんな桑田判事の姿勢に強く共感させられたし、原作者はなかなか深い取材をしているなあと、毎回作品を読むのが楽しみだった。毛利さんとゆっくり話す時間はなかったけど、お会いできて感激した。ちなみに「暗いフォークソング」を歌ったCDを毛利さんは個人的に千枚プレスしたそうだが、まだ二百枚しか売れていないとこぼしていた。う、う〜む…。それは何とも…。


10月9日(土曜日) ズーラシアに猿山はなかった!

 インターネット友達のくりちゃん、さっちゃんの女性2人が岩手から上京したので、横浜を案内する。…と言いたいところだが、前半は僕の方が案内される側に回ってしまった。JR中山駅で待ち合わせて、まずは「よこはま動物園ズーラシア」に行く。市民だけど僕もきょう行くのが初めてである。しかし、二人の方がはるかに詳しいのだった。それにしても大変な田舎に造ったなあ。東京・八王子の某大学キャンパスみたいなところだ。それぞれの動物たちは自然な雰囲気を醸し出した地形のエリアに収容されているから、狭いオリに押し込められていないだけマシだけど、自由を奪われて四六時中、人間に見られているのには残念ながら変わりはない。それはさておき、猫のようにゴロニャンとでんぐり返しなどを披露してくれたスマトラトラが、個人的にはこの動物園の一番のオススメ動物だ。あとは、レッサーパンダ、フンボルトペンギン、南アフリカオットセイなどが、サービス精神旺盛で愛敬があって見ていて飽きない。だがしか〜し。動物園のメインディッシュであり、最も期待していたニホンザルの猿山がないではないか。あるにはあるのだけど、のっぺりとした舞台のような造りで、しかも一方向からしか見られないのである。う〜ん、やっぱり猿山にはボス猿を頂点にしたヒエラルキーがあって、あちこちで小さな喧嘩が起きていて、そして360度から見られる山がド〜ンとそびえていなければ…。ズーラシアのあれは断じて猿山ではない。きょうはたくさん歩いたな。いい運動になったと思うけど(笑)。

 さて、ここからやっと、岩手からの客人2人を「僕が案内した」と言える状態になるのだった。野毛の中華料理店で夕食。ここの餃子が絶品なのだ。餃子以外の料理もどれもうまい。五目焼そば、鳥肉のカシューナッツ炒め…。おまけに安い。空腹だったからかもしれないが、2人とも満足してくれたのでほっとする。続いて中華街を散策。杏仁豆腐ソフトクリームが意外にイケてる味だった。


10月10日(日曜日) 気分が乗る瞬間

 キーボードをたたく指先はなめらかで打ち間違いはないし、気分も体調もよくてテンションは高く、しかも全然眠くならずに、面白いテレビ番組も一切やっていなくて、自分で書いた取材ノートの文字は実に読みやすくスッと頭に入ってくる…。と言った感じで、すべてのお膳立てがピタッと決まるそんな瞬間が「ごくたまに」あるのだが、そういう時はうそみたいに原稿がすらすら書ける。そして出来栄えもなかなか良かったりするのだ。ところが逆の場合の方が圧倒的に多いんだよなー。やる気は起きないは、頭は痛いは、テンションは限りなく盛り下がって睡魔は襲ってくるし、面白いテレビ番組を見つけてしまい、さらに取材ノートには何と書いてあるのか判読不能で、おまけに部屋の掃除やホームページの更新やメールの返事書き(笑)など余計なことをやりたがる…。要するに気分が乗らないのだな。おいおい…。記者はみんな文章を書くのが大好きだと思われているかもしれないけれど、必ずしもそうとばかりは言えない。少なくとも僕は文章を書くのが「いつも好き」ではなかったりする(自爆)。もちろん書きたいことや訴えたいことが明確にあって、気分が高揚しまくっている時は「書きたいパワー」が全開になるのだが、そうでない場合には「面倒くさいパワー」が全開で書くのが苦痛になってしまうのだった。取材そのものは大体いつも好きなんだけど。う〜ん、記者として僕は普通ではないのかもしれない。いわゆる記者という職業を選んだ人たちは、やっぱり普通は文章を書くのが大好きなんだろうな。ええ〜っと、そんなわけで、以上は原稿がなかなか進まない言い訳では決してありま…(以下省略)。ふう…。


10月11日(月曜日) 「冬の十字架」を買う

 午後から東京・神保町の出版社で取材の打ち合わせ。はっきり言ってこれまでほとんど関心のなかった金融や経済関係の取材依頼なのだが、編集長の話を聞いていて自分の勉強不足と認識不足がよく分かった。「経済のことも」よく知っておかなくては、政治や司法や原発の在り方も批判できないのだなあということだろう。その方面の知識は素人同然にないので、とりあえずは主婦層の財テク実態を取材することになる。神保町のディスクユニオンで忌野清志郎の自費制作盤「冬の十字架」を買う。独自アレンジの「君が代」を収録したために発売中止になって、インディーズから発売されている3枚目のアルバムだ。テレビ朝日のニュースステーションでも聴いたけど、実は「君が代」の次に番組で披露された「明日また話そう」(だと思った)をもう一度聴きたかったのだ。ついでに秋葉原まで足を延ばしてコミックパロディー誌を何冊か購入して帰る。

 ホームページ開設2年 あすで「セカンドインパクト」を開設して丸2年になる。指摘されるまですっかり忘れていたんだけど、先月23日には「サードインパクト」を開設して丸2年を迎えていた。よくもまあ2年間も続けてきたもんだ。特に「身辺雑記」…。体調を崩した時を除いて、更新を休んだ(サボった)のは一日だけなのだが、それはたぶん僕が怠け者だからこそ続けてこれたのだと思う。もしも一回でも休むと、後はもうズルズルと際限なくサボり続けるだろうと確信に近いものを感じるのだ。中学生の時に僕は、NHKラジオの基礎英語と続基礎英語の放送を毎日欠かさず聴いていた。きっとあれと同じである。部活や遊びなど自分に対する言い訳はいくらでもであったけど、一回でもサボるともう二度と聴かないことが自分自身で分かっていたからこそ、怖くて休めなかったのだ。なんて小心者なんだろうと思う。それともう一つ言えば「身辺雑記」を毎日書くのは、半ば習慣みたいになってしまったということもあるかもしれない。正直なところ面倒くさいことは面倒くさいんだけど、なんとなく書かないと落ち着かなかったりもする。小さいころから日記を毎日書いている人たちって、その辺のところはどうなんだろうか。そんなわけで、3年目もどうぞよろしく。


10月12日(火曜日) 忙しくてピ〜ンチ!

 夕方から東京・四谷の出版社で「月刊・司法改革」の編集会議。それにしても会議とゆーものは疲れる。編集委員の大学教授や弁護士が分析や討議をするのを聞いているのはもちろん勉強になるんだけど、やっぱり僕は会議は苦手だ。眠くなるからなー。幸いなことにきょうは睡魔が襲ってこなかったので助かる。編集会議が終わってから創刊号発行の打ち上げ。やることがいっぱいあるので早く帰らなければ…と思っていたのに結局は終電になってしまう。桜木町から先は電車がないのでタクシー。午前1時45分帰宅。

 そんなわけで急に忙しくなって、なんだか収拾がつかなくなっている。打ち合わせ、取材のアポ取り、下調べ、取材、原稿書き、原稿加筆と手直し…などが、なぜかいくつも集中している。しかも急な講演依頼まであって、やっぱり一応はその準備もしておかなければならないだろう。そーゆー時に限ってさらに仕事が重なってくるんだよなー。自業自得かもしれないが、早めにできるはずのことを先延ばしにしたものがあって、それが余計に自分の首を締めていたりもする。おまけに今週末には温泉旅行の予定があって、来週末にはパーティーの予定まである(自爆)。今月中はとても厳しい毎日かもしれないです。


10月13日(水曜日) 綱渡りでピ〜ンチ!

 とりあえず原稿の一つは無事に片付けて手放す。微妙なロングインタビューなので本人と弁護士にチェックしてもらい、補足と確認取材を電話でして、何とか出稿を終えた。その作業と並行しながら、加筆・手直しをしなければならないルポルタージュ原稿のための電話取材をする。さらにその関係で再取材が必要なのでアポ取りを試みるが、これがなかなか難航して決着しない。さらに、金融関係の取材をするための準備をする。こっちは少なくとも、今週中に仮取材とアポ取りを済ませなければならなかったりするのだ。おいおい、助けてくれよ〜。あすは日弁連の大会取材があるので、早起きして新幹線に乗って群馬県の前橋まで行かなければならない。ついでにその会場で、甲山事件で晴れて無罪になった山田悦子さんと今後の取材調整もしなければ。明晩は前橋で一泊しようかどうしようかとぼんやり考えていたら、あさっての午前に別件の取材が入ってしまう。場所は東京の池袋だったりして。ん〜、あすは終電で横浜に帰宅してから、翌朝に池袋へ出撃した方が楽なのかなあ、どっちが正解だ…。どー考えても綱渡りをやっているような気がする。それでなくても要領が悪いんだから…。足を踏み外して落っこちないように祈ってほしいです。


10月14日(木曜日) 心理テストのゲーム

 昨晩、仕事が一段落してメールチェックしたら、友人からゲームメールが届いていた。いわゆる心理テストみたいなものだ。試しにやってみたらなかなか当たっていて面白いので、よくメールをくれる訪問者や友人、知人らを適当にみつくろって転送した。人間関係を示す部分が当たるのは、設問構成から考えると当然だと言えなくもないけど、選んだ歌で心の中を表す部分がやけに的を射ているのが不思議だったのだ。まあどうせ遊びだからそれはいいのだが、早速いくつか反応があって、「楽しませてもらいました」「現在の自分の心の状態を表しているような気もする」「…?」などという感想が返ってきた一方で、担当の女性編集者からは「暇やな〜、何やってんねん」と怒られてしまった(爆)。暇じゃないっつーの。ちょっとした息抜きの冗談ですがな〜。「メールなんか出している場合じゃないでしょ」というもっともなご意見もあった(笑)。すみません、お騒がせいたしました。

 前橋で日弁連の大会 そんなわけで、群馬県の前橋で始まった日弁連の人権擁護大会に行く。東京駅から長野新幹線に乗ったら、高崎には止まらずに軽井沢まで行ってしまうことが判明。慌てて大宮で降りて上越新幹線に乗り換える。電車が来るまでの間に、ホームのベンチで駅弁(幕の内弁当)を食べる。朝ご飯なのだ。ん〜寂しいなー。昼過ぎから始まる分科会に間に合うはずだったのだが、なんとも接続が悪くて前橋方面に行く両毛線が来ないので、高崎で40分間もぼ〜っとしている。ひどいダイヤだなあ。弁護士バッジを付けた人々も同じように、所在なさげにホームで大勢たむろしているのは笑える光景だ。

 結局30分も遅れてしまった。第二分科会の「人権と報道」にも出たかったんだけど、僕が取材したのは第一分科会の「新しい世紀の刑事手続きを求めて」。保釈されたばかりの安田好弘弁護士の特別報告があった。長期にわたって身柄拘束された生々しい体験をもとに、被疑者に多大な屈辱を与える刑事司法の実態への怒りをぶちまけた安田弁護士の報告に、会場から共感の拍手が沸く。休憩時間に名刺交換をしていただいた。実はお会いするのは初めてなのだ。そんな感じで、原稿を書かなければならないから真面目に一連の質疑を聞いていたものの、途中であまりにも退屈な報告があったので睡魔に襲われる。甲山事件で無罪確定したばかりの山田悦子さんは第二分科会に参加。おめでとうのご挨拶をする。取材のご相談をする時間は取れず。後日、電話をしよう。会場に来ていた某新聞社のデスクと久しぶりに駅前で飲みながら夕食。意外なと言うと失礼だが、私生活の裏面(謎)を思いがけず聞かせていただいて親近感がさらにわいた(笑)。

 それにしても日弁連でもらった資料集の山は、半端ではない分量でめちゃくちゃな重さだ。自宅に帰る途中で何度も捨てようとまじで考えたが、原稿を書くために必要なので思いとどまる。全然知らない弁護士さんが、同僚に「無駄な資料をこんなにたくさん作って何を考えているんだ」と延々と愚痴をこぼしているのを高崎駅で耳にする。思わず握手を求めたくなった。午前零時帰宅。


10月15日(金曜日) ゲラ確認とかフリーズとか

 東京・池袋の立教大学の教授から、少年法の講義を聞きにおいでというお誘いを受ける。少年事件被害者の両親が授業に招かれ、遺族の怒りと悲しみを訴えるという斬新な講義である。諸般の事情のために少しだけしか顔を出せなかったが、授業が終わってからご両親や先生と食事をしながら話を聞く。正直言って少年法の在り方や改正問題をどう考えればいいのか、よく分からなくなってきた。凶悪犯罪への対処と少年の保護・育成とのバランスをどうとらえればいいのだろう。もう少し取材を重ねて勉強して、自分なりの判断材料と視点を持たなければと思った。その足で四谷の出版社に行ってゲラのチェック。並行して、金融関係誌の事前取材とアポ取り電話をかけまくる。別の出版社の仕事なんだけど、急いでいるので空いている会議室を使わせてもらっての作業だ。そうしたら急に原稿を一本書くように頼まれて、頭を切り替えるのに四苦八苦する。おまけに僕が書き上げた原稿を、女性編集者が保存しようとしたところでパソコンがフリーズ。すべてがオシャカになる…。なぜもっと早めに自分で保存しておかなかったのかな。絶句、ボーゼン…。時間がないっつーのに書き直すはめに。午前零時半帰宅。そんなわけで、あすから一泊二日で米沢の温泉だ。起きられるのだろーか。


10月16日(土曜日) 米沢牛と新米と新酒と温泉

 きのうのうちにアポ取りも完了したし、前日までに片付けておくべき仕事は一応すべてやったので、精神的余裕を確保した上での息抜き休日である。だがしか〜し、昨晩帰宅してから雑用やメール書きなどをうだうだやって、2時間ほどしか寝ていないからめちゃめちゃ眠い…。それにしてもよく起きられたな。とゆーわけで、山形県の米沢に行く。某出版社編集部の社員旅行に「ぜひご一緒にどうぞ」とお招きを受けたのだ。ラッキー。「女の子と二人」じゃないのが残念だけど(爆死)。東京駅発の新幹線「つばさ」に滑り込む。車内で1時間半ほど爆睡する。

 昼食は格式高い庭園が眼下に広がるお座敷で、米沢牛のステーキや米沢牛の入った芋煮などがずらり並んだりして。昼から何て豪華版なんだ。驚くほど柔らかくてジューシーな牛肉に感動する。それよりも僕はご飯のおいしさに舌を巻いてしまった。新米なのだそうだが、米の一粒一粒の光沢具合や水分の含み加減が絶品。口に入れるともちもち感が何とも言えない。ご飯だけでもこんなに素敵な味がするなんて信じられない。その後は高畠ワインの工場を見学。各種ワインの試飲が自由なので、今年収穫された山形県産デラウエアだけで作られた新酒などの甘口辛口をいくつも試飲しまくる。どれもとても飲みやすくて実にフルーティーだ。迷いに迷った挙句に新酒の辛口を一本買う。出版社と取り引きのある印刷工場、川西町にある井上ひさしの遅筆堂文庫、ダリヤ園を見学してホテルへ。温泉だ〜。温かくて気持ちよくて幸せ〜。疲れが吹っ飛ぶな〜。夕食はまた米沢牛だった。そして芋煮。もちろんおいしかったけど、昼に食べたステーキの方が肉質は上のような気がする。ビールや吟醸酒を飲んでカラオケを歌って、また温泉。眠いからさっさと寝る。


10月17日(日曜日) 秘湯の露天風呂は最高だ

 引き続き山形。「泣いた赤鬼」で有名な童話作家・浜田広介記念館(高畠町)に立ち寄る。子どものころによく読んだ「ひろすけ童話」だ。懐かしい。昼食は松茸山の中にある店で松茸定食。松茸ご飯に松茸のお吸い物に、そしてやっぱり芋煮。案内してくれた地元の方によると「山形と言えば芋煮」なのだそうである。そう言えば最上川の河川敷で大勢の人たちが芋煮会をやっているのが見えたし、街中のコンビニでは「芋煮会用の薪」(!)が380円で売られていた。山形食文化の一種なんだな。

 そんなわけで、きょうは秘湯に行く。山奥にある「姥湯温泉」を目指して、狭くて細い林道を四駆で三十分近くひた走る。途中でスイッチバック指定の場所があった。箱根登山鉄道なら知っているけど、車のスイッチバック運転なんて初めて見た。僕が運転したわけではないけど。「姥湯温泉」の標高は1200メートルである。そもそも東北は寒いのだが、ここはさらに信じられない気温の低さで震えが止まらない。こんなに寒いとは思わなかったので、サマージャケット一枚しか持って来なかったのは失敗だった。車を止めて歩いて5分。唯一の温泉宿でトイレを借りて露天風呂に向かう。

 赤や黄色に色づいた木々の葉っぱが美しい。白く濁った湯につかると、冷え切った身体の隅々にまで温泉の成分が浸み込むようで、すーっと緊張感がほぐれていく。眼前には切り立った崖。立ち上る湯煙と顔に吹き付けてくる冷たい風。あ〜気持ちいい〜。やっぱ露天風呂ですね〜。実はここは混浴だったりする。女性社員や地元のおばちゃん連中が一応のぞきに来るが、女湯は別にあるのでみんなそっちに行った。そりゃそうだろー。だがしばらくして一人の女性が男連れで入ってくる。やけに厚化粧して四十歳くらいに見せているが、推定実年齢は五十歳以上と見た(苦笑)。同行の男性が「入湯に際して年齢制限と判定基準を設けるべきではないか」と強く主張していたが、これについて特にコメントは差し控えたいと思います(爆)。温泉から出たら湯冷めするかと思って心配したけど、体が芯から温まったので逆に火照りが収まらない感じが続いた。ぽっかぽかなのだあ。帰りは福島駅から新幹線「マックスやまびこ」に乗車。本屋に寄って午後9時半帰宅。


10月18日(月曜日) 村上龍「ラブ&ポップ」を読む

 村上龍の「ラブ&ポップ/トパーズ」を読み終える。女子高校生が援助交際する一日を描いた作品だ。最初のうちは、何てかったるい小説なんだろう、学生時代に読んだ「限りなく透明に近いブルー」みたいに退屈な話だなあ(当時の読後感はそうだった)などと思いながら読んでいたのだが、途中でそんな感じが一転した。物語が始まって四分の一ほど。主人公の吉井裕美(ひろみ)が、渋谷の宝石売り場で「インペリアル・トパーズ」の指輪に出合った瞬間だ。ひっそりと淡いピンク色に輝いているその指輪を、彼女は絶対に欲しいと思う。そのために裕美は援助交際することを決意する。「大切だと思ったことが、寝て起きてテレビを見てラジオを聞いて雑誌をめくって誰かと話をしているうちに本当に簡単に消えてしまう」「大切だと感じたものはすぐに手に入れるか経験するかしないと、一晩か二晩で平凡なものに変質してしまう」…。この感情はとてもよく分かる。繰り返し語られるこうした思いは、彼女自身の経験に裏打ちされている。だからこそ「きょう中に絶対に欲しい」と援助交際を決意させるのだ。そして裕美は、伝言ダイヤルからピックアップした男たちに会いに行く。ここから俄然、物語はスリルと意外性をアップさせて、読み手の心に強烈なインパクトを与え始めるのだった。裕美は男と何をしてお金を手にするのだろう、男とどんな受け答えをするのだろう。すっかり感情移入してしまった僕は裕美と一心同体になって、ドキドキしながら読み進んだ。終わり近くに出てくる男の台詞は少し説教臭く感じないこともないが、予定調和あるいは社会的安全弁としてはこう言わざるを得ないのかなとも思う。最後の最後の「どんでん返し」(?)が、忘れがちになる純真無垢な感情を思い出させるようで、物悲しい気持ちになった。さて、そうなると映画版「ラブ&ポップ」のビデオを早く借りて見なければ。

 結石の予後診察を受けるためにクリニックに行く。成分分析の結果はごく一般的な結石だそうで、先生から「バランスの取れた食事を心がけるように」と再び厳命される。この二日間は肉食中心の贅沢三昧の食生活だったけど、先生にはもちろん黙っていた(爆)。急に寒くなってきた。街の雰囲気は一気に晩秋、いや秋をすっ飛ばして初冬といった感じになったような気さえする。


10月19日(火曜日) 主婦と資産運用

 川崎のとある一般家庭で、家計のやり繰り状況などを取材。ただ単に生活費を節約するだけではなく、貯金の預け分けをしたり投資信託や株式などの金融商品を使ったりと、積極的に資産運用している主婦パワーの一端に触れる。最近の主婦は資産運用に血道を上げるのが当たり前なのだという。ん〜、面倒くさくないのかな。でも銀行口座に普通に預けているだけではタダ同然の金利しか付かないわけだし、社会保障はあてにならない時代だし、そうなると自分の身は自分で守るしかないのかな。僕自身はほとんどお金にこだわらないできたけど、大切な資産なのだから増やす努力は大事なのだろう。すべからく日々の生活がどんぶり勘定の僕の方が、普通ではないのかもしれない。どんな取材現場でも、それなりに勉強になるものです…。川崎の有隣堂で、村上龍の小説の文庫本を5冊買い込む。これまでにも村上龍の作品はいくつも読んでいるけど、こだわると一人の作家にのめり込むタイプのようだ。暇を見つけて少しずつ読み進めよう。上大岡の京急百貨店に立ち寄る。システム手帳でいいものはないかなあと探したが、いま一つ気に入ったものが見つからない。来年は2000年なので、今まで使ったことのないシステム手帳なるものでも買ってみようかと思ったんだけど、まあ普通の手帳でいいかな。う〜む…。


10月20日(水曜日) 反面教師

 いじめによる娘の自殺をめぐって東京都町田市の両親が起こした「作文訴訟」について、ミニルポのような短編原稿を書くための補足取材をする。事件当時は中学生だった大学生たちに会って話を聞いた。自分なりの考えをしっかり持っていて、しかも厳しさとやさしさを併せ持った彼氏彼女たちだった。それにしても、組織や体面を守るためには平気でうそをついて事実を隠す、そんな醜くて下劣な教師や学校に対する子どもたちの不信感は決定的だ。「反面教師」とはまさに彼らのためにある言葉なんだなあと改めて思う。しかしそうした教師をつくり上げたのは、実は成績・学歴至上主義で学校のいいなりになっている親や地域社会だったりするのだろう。

 待ち合わせの時間調整のために町田市内のある喫茶店に入る。いまだかつてこんなにまずいカレーは食べたことがないというひどい代物が出てきた。おまけに女店主の接客態度もサイテー。ぶっきらぼうに「はい」と吐き捨てるように言って皿を置いていくのに驚かされる。どうせ費用はかからないのだから「お待たせしました」くらい言えばいいのになあ。しかも店内が混雑しているわけでもないのに、やたらそわそわと落ち着きがない。クスリでもやっているのかな(爆)。さらにさらに、僕のほかには唯一の客である中年女性客の三人組が、喫茶店をスナック代りに酒盛りまで始める始末だ。「つまみはないのか」としつこく尋ねている。軽く食事をしたら文庫本でも読んで時間をつぶそうと考えていたのだが、とてもそんな雰囲気ではないと悟って早々に立ち去る。店に入る前に嫌な予感はしたんだけど、その駅前に喫茶店はそこだけだったのだ…。

 狂信的タカ派の強姦魔 西村慎悟防衛政務次官の「核武装」と「強姦」発言には恐れ入った。さすが、信念と思想を持った政治家はおっしゃることが一味違うなと思った。「強姦してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔になってるやん。けど、罰の抑止力があるからそうならない」なんだってさ。西村センセイがそのような考えに基づいて、強姦魔になるのを必死にこらえていらっしゃるのは自由だけど、ほかの善良な日本国民がみんな同じように考えて強姦するのを我慢していると断言されるのは、かなり迷惑だなあ。みんなは罰の抑止力があるから強姦しないのでは決してないと思うけど。相手が女性であっても男性であっても、他人の尊厳を守るという人間として当たり前の理性が働いているから、圧倒的多数の人々はそんな卑劣な行動には出ないのだ。いくら狂信的タカ派を売りにしている政治家だからと言って、一方的に僕たちまでそんな確信犯的な強姦魔と一緒されても困るよねえ。そういうことは尖閣列島にでも出かけて行って、大声で叫ばれるのがよいのではないかと思う。あ、その際にはぜひ、西村センセイを政務次官に確信犯的に推挙なされたオブチ首相もご一緒にどうぞ。


10月21日(木曜日) 終日執筆

 原稿書きに専念する。加筆修正する必要のある短編ルポの原稿だ。あーでもない、こーでもないと四苦八苦する。それから講演のためのレジュメ作りもする。主催者から催促の電話が入った。はいはい。どちらも、あすの午前中には書き上げて送信しなければならないのだった。そんなわけで、鋭意努力しているところです。


10月22日(金曜日) 綱渡りに落とし穴

 いったん完結させてあった文章を新たに再構成するのは、なかなか辛いものがあるなあ…。どうしても元原稿の構成に引きずられてしまって、頭の切り替えがうまくいかない。きのうから書いていた原稿は、既に四百字詰め原稿用紙で4枚くらい書いてあったものを倍増させるという作業だったのだが、補足取材したものをプラスして膨らませるだけだから簡単だ、などと考えていたのがそもそも間違いだった。そんなこんなで、予想以上に時間がかかってしまったが何とか朝までに書き上げる。レジュメの方もとりあえず仕上げることができた。だがしか〜し。きのうはそんな感じでどたばたしていたとゆーのに、とんでもない電話がかかってきた。苦労してアポ取りした取材相手から「ドタキャン」されてしまったのだ。どうしても時間が取れなくなったというのである。ええ〜っ。メインで扱おうと予定していたのに、それが消えたらページが埋まらないよ〜っ。もちろん相手にも都合ってもんがあるから仕方ないが、そんなに急に言われても…。かと言って早めに言われても収拾はつかなかったと思うけど。だもんで、きょう行くはずだったその取材は中止。午後から東京・神保町の出版社へ。ぽっかり空いてしまった部分を埋めるため、別のターゲットを探す作業に追われる。あたふたするうちに、書けそうな取材先が何とか見つかった。それにしてもまさか、綱渡り状態をやっているこの時期にこんな落とし穴が待ち構えていたとは…。あ、だからこそ綱渡りなのかもしれないな。これから取材ノートを見直して、あすの講演準備をしなければ。


10月23日(土曜日) 教育研究集会で講演

 桜木町で開かれた横浜市立高校教職員組合(浜高教)の教育研究集会の分科会で、午後から講演する。午前中はルポライターの鎌田慧さんが記念講演をした。残念ながら僕はそちらは聴けなかったけど、昼食時に鎌田慧さんとご一緒させてもらった。「フリーは大変だけど頑張ってね」と温かい言葉をいただいて感激する。僕が担当したのは「『日の丸・君が代』法制化後の課題」に関する分科会で、「週刊金曜日」に書いた「校長たちの苦悩と葛藤」の取材背景や雑感などを一時間ほど話す。それとともに「人間としての生き方が問われている。先生は子どもたちにきちんと向き合えるか、父母や生徒ともっと真剣に話し合うべきではないか」などと問題提起させてもらった。言いたいことをうまく整理して話せたかどうか、例によってはなはだ疑問ではあるのだが、参加者から「面白かった」と言ってもらえたので安心する。歴史教育者協議会の先生の話も参考になったし、僕の方こそ今後の取材のヒントになるような討議がたくさんあって勉強になった集会だった。

 野菜尽くし 市立高校の教育研究集会は夕方に無事終了。その足で相模原の県立高校の先生宅へ行く。「野菜パーティー」に誘われていたのだ。山形で買ってきた高畠ワインを持参。高校教師や教育研究所の方たちが集まる。ホストのN先生夫妻が、家庭菜園で収穫された野菜を使った料理をお腹いっぱいふるまってくださる。ポテトサラダ、カボチャのサラダ、ブロッコリー、筑前煮…。ん〜、どれもうまい。シシトウ、オクラ、ナス、サツマイモなどの天ぷらも出される。大島産の天然塩をつけて食べるとすごくおいしい。僕の快気祝いだと言ってみんなが乾杯してくれた。確かに採りたての野菜尽くしなので体にとってもよさそうだ。ビールや日本酒、ワイン、水割りなどを飲みつつ、午後11時過ぎまで教育談義や最近のコギャル事情などの話で盛り上がった。午前1時前に帰宅。


10月24日(日曜日) こういう場合は衝動買い

 やっぱり落とし穴があった…。静岡に取材に行くはずだったのだが、二度目の「ドタキャン」だあ。きょうは収拾つかず。あすのうちに何とかフォローしないとマジでまずいことになるな。それにしてもカメラマンの方には迷惑をかけてしまった。取材記者一人だけだったら何とでもなるんだけど、カメラマンが同行する場合はスケジュール調整が大変なのである。とにかく今週が山場だな。あ〜あ…。こういう場合は、食べるか飲むか買うかだろう。とゆーわけで、アニメ関連グッズを衝動買いをする(爆死)。エヴァとカレカノとトトロのピンバッジ、トトロのトランプと付箋シール、綾波とトトロのストラップ、おじゃる丸のスタンプ。以上8点である(大笑)。


10月25日(月曜日) 消化不良だなあ…

 きのうの取材ドタキャンで穴があいてしまった分は、編集者と相談してストック取材を使って解決することになった。とりあえず取材メモを送信する。よ〜しっ、これであすの取材がうまくいけば「財テク雑誌」の仕事は何とかめどがつくかな。う〜む、何とか山は越えそうだ。そんなわけで、取材調整と取材メモの整理で大半の時間がつぶれてしまう。あとはいくつか電話で予備取材をする。なんだか消化不良と言うか、達成感のない一日だなあ…。


10月26日(火曜日) 充実感と達成感と

 午前8時に家を出て取材に出かける。母子4人で生活している東京・練馬のまだ若い学校職員の自宅を訪問させてもらう。幼い3人の子どもたちの将来を考えて、財形や預貯金などの貯蓄管理、さらには各種保険や積立年金の計画をしっかり立てている姿に圧倒された。のほほ〜んと生活している僕には、およそ想像もできないほどの生活設計を垣間見させていただいた。昼過ぎから、来月掲載予定の短編ルポに使う写真を届けるために、東京・水道橋の「週刊金曜日」の編集部に立ち寄る。担当編集者に原稿をほめられて気分がよい。「いい子、いい子」されるとすっかり調子がよくなる。僕はそういう単純で分かりやすい性格なのだ(笑)。今後の出稿予定だとか取材の進み具合だとかを、いろいろと相談する。やる気が出てきた。

 夕方から千葉へ。5歳の重度心身障害児の長女と3歳の次女の育児に追われながらも、いろいろ工夫しながら前向きに生活している主婦宅を取材する。お母さんは障害児専門の幼稚園に朝から長女と出かけて行って、夕方まで一緒に過ごす毎日だ。長女には二十四時間つきっきりなのだという。その合間に次女を保育園に送り迎えする。公的援助や手当は出るものの、介護・福祉用品は高額な上に予想外の出費はかさむ。先のことが見えずに不安なだけに、家計管理や貯蓄運用は真剣にならざるを得ない。そんな話を聞いていて、一口に資産運用、財テクと言ってもさまざまだなあと改めて感じる。老人介護に注目が集まっているが、障害のある子どもたちの介護も大きな問題だ。お母さんは言う。「雨が降ろうが風が吹こうが選挙には絶対に行きます。この一票が将来を変えるから。障害児を持ってから、政治・社会に対する見方や考え方が全然違ったものになりました」。なんて重い言葉なのだろう…。返答できない。朝から目いっぱい取材して疲れたけど、きのうとは打って変わって充実感と達成感にあふれる一日だった。


10月27日(水曜日) 半透明のごみ袋

 低気圧の接近で午前中からずっと雨の一日だ。肌寒い。幸いなことに取材予定が入っていなかったので、自宅で電話取材したりアポ取り電話をかけたりしてうだうだ過ごす。

 ところで、横浜市では来月1日から、半透明のごみ袋の使用が義務付けられる。袋の中身が見えないと回収する職員が怪我をして危ない、回収ルールを守らない人への規制にもなる、などが半透明袋の導入理由だという。納得できる理由ではあるが、プライバシー保護の観点からは異論があるのも事実だ。ルール違反して危険物を決められた方法で出さない人がいるからこういう規制がされるのだけど…。それはさておき、今まで僕はスーパーやコンビニで買い物の際にくれる白い袋を、ごみ袋の代わりに使っていた。黒いビニール袋とともに、こうしたコンビニ袋にごみを入れて出す人は結構多いが、これからは使ってはいけないそうだ。白い袋と言っても中身はかなり見えると思うんだけどなあ。何が「半透明」の基準なのだろうか。横浜市環境事業局に電話で聞いてみた。「表面部分は見えるが中の方は見えないので、白い袋は半透明だとは認められない」という。ごみを増やさないという観点からも、スーパーやコンビニに趣旨を説明してビニール袋の配布改善も求めているそうだ。でも、ただ捨ててしまうのではなくてごみ袋に使うのなら、資源の有効利用になるとも思うんだけどなあ。で、まだ家に余っている白いコンビニ袋はどうすればいいのだろうか。市環境事業局の話では「来月からすぐに白い袋を全面禁止するわけではなくて、来年1月末までは移行措置として白い袋も回収します」という。ああ、よかった、余っている白い袋が無駄なごみにならなくて。ちなみに近くのセブンイレブンでは最近、半透明袋に商品を入れるようになった。


【執筆情報です】=ほかにもありますが、主なものを。

1)「週刊金曜日」11月5日号(発売日も同じ)に、短編ルポが掲載される予定です。町田の教育裁判(作文訴訟)とその後の子どもたちに関する内容です。

2)「月刊司法改革」11月号(創刊第2号、11月5日発売)に、ひき逃げ事件で息子の片山隼君を失ったご両親に行ったロングインタビューが載ります。不起訴処分から一転して起訴になったことで知られる事件です。(この雑誌は大規模書店か大学生協、裁判所の売店などにしかないかもしれません)


10月28日(木曜日) ナントカの法則?

 きのうとは一転して雲一つない青空が広がる。素晴らしい秋晴れだね〜。もったいなくも昼過ぎまで寝ていたけど…。司法制度改革について横浜市内で弁護士を取材。弁護士事務所でビールを出されて、取材の後半はもうどうでもよくなって雑談に興じてしまう。まあいっか。「週刊金曜日」のゲラがファクスで送られてくる。あすまでに戻せばいいという話だからそうしよう。それにしても新しいファクスロールと交換すると、なぜかいつもたくさんファクスが送られてくるのはなぜだろう。ほかにも友人からファクスが届いていた。ナントカの法則ってやつなのだろうか。う〜む…。

 きのうの「身辺雑記」で横浜市の半透明のごみ袋のことを書いたが、今朝の朝日新聞の横浜版に同じような記事が出ていた。時間帯から考えても朝日の記者が前から独自取材をしていたことは間違いなく、ああ、みんな同じことを考えているんだなあと思った。ごみ回収の際にコンビニ袋が使えるかどうかは、やっぱり市民としては切実な問題だもんね〜。


10月29日(金曜日) さようなら「ニフスパ」

 そう言えば「ニフティ・スーパーインターネット」で連載してきたコラム「大岡みなみのホームページ・ジャーナリスト」は、現在発売中の12月号で最終回なのだけど、僕の連載コラムの扱いはまだいい方かもしれない。きちんと「連載終了」の断り書きもあったし、目次にも「最終回」のクレジットが入っていたからである。ところが、中には先月号に載った記事が最後で、何の断りもなくいきなり終わってしまった連載もあったのだ。信じられないよなあ。で、送られてきた雑誌を見ると残っている連載は、インターネットとはほとんど関係のない読み物だとか、お役立ち情報、ノウハウ紹介みたいなものだけになっていた。インターネットの問題点を考えるようなコラムは見事に誌面から消えていた。どこからだれが見ても立派な「単なる情報誌」へと無事に変身したわけである。いや、むしろ「単なるニフティの宣伝雑誌」に成り果てたと言った方がいいかもしれない(1999年9月26日付「身辺雑記」参照)。来月からニフティは「@nifty」として日本一の規模のプロバイダーになるそうだけど、僕はたぶんもうこの雑誌は二度と読まないと思う。「ニフティの宣伝雑誌」なんかに大切なお金を使うほどの金持ちではないし、ジャーナリズムとしての面白さや価値があると思えないメディアに時間を使うほど暇でもないからだ。そもそもニフティの会員以外は、そんな雑誌を読まないと思うけどなあ。会員でも読まないかも。閉じられた空間の中で宣伝活動をどうぞお続けくださいませ。さようなら、「ニフティ・スーパーインターネット」。

 アポ取りや補足取材の電話をかけまくったり、本屋やゲームセンターに足を踏み入れてみたり、図書館に行ってみたり。何だか調整日のような一日だ。ホークスが日本一になったとゆーことで、別にファンでも何でもないけれども、せっかくだからダイエーに行ってみる。案の定、店内はおばさんでごった返している。2割引セールのTシャツを買って、ささやかながら優勝をお祝い申し上げた。


10月30日(土曜日) クズ本を古本屋に売る

 押し入れの中から、無造作に積み重ねてあった不要な漫画の単行本だとか、いかがわしい本(笑)だとかを適当にかき集めて古本屋に持って行く。十五冊ほどあって正価で買うと9500円くらいになるのかな…。あんまり期待はしていなかったが全部で1500円になった。1冊百円ということかあ。まあどれもクズみたいなどーでもいいような本ばかりなので、そんなものかもしれない。ごみとして捨ててしまうよりはずっといいだろう。しかしよ〜く考えてみれば、そんなクズ本をどうして買ったのかということを、深く自己批判しなければならないんじゃないだろうか(自爆)。無駄遣いはいけません。で、その帰りにコンビニでクロワッサンやレモンティーや肉じゃがなどを買った。朝ご飯なのだ…。う〜ん、有意義なお金の使い方かもしれないなあ(^^)。


10月31日(日曜日) 愚痴を3連発

 自宅から30メートルほど離れたところで昨晩、道路工事が突然始まった。午後9時前からスタートして、しかも延々と午前1時を過ぎてもやっているのだ。どーゆーことじゃ。大重量の車両が頻繁に通過するので家が揺れたりする。最初は地震かと思ったぞ。おまけに一方通行の道を工事車両が平然と逆走していくし…。一方通行の場所で逆走が許される車は、赤色灯を回してサイレンを鳴らしている緊急車両に限られるのではないのか。やりたい放題だな。まったく何を考えているんだろう。幹線道路じゃないんだから昼間にやれって。

 頼まれて、単行本の原稿読みをやっているが、意外と大変な作業だ。一番最初の原稿段階ではなくて再校(二回目のゲラ刷り)段階なので、そんなにめちゃくちゃな文章ではないが、いかんせん文章を書くことに不慣れな研究者の著作物でしかも翻訳ものなので、分かりにくい表現や言い回しがあって疲れる。内容的には決してつまらなくはないのだけど、でも、文章表現でおかしなところや問題点などを指摘しなければならないので、丸々一冊をまじめに読み込まなければならない。ああ、面倒くさいなあ。

 来月になれば少しは忙しさから解放されて落ち着くかと思っていたけど、そうはいかなくなってきた。今週と来週はまたまた綱渡りの毎日になりそうだ。急な取材依頼が二つも飛び込んできて、さらにはもともと連載取材の予定が入っていて、新しいルポルタージュの取材もしなければいけないし、単行本の原稿読み(上に書いたやつ)もあるといった具合なのである。そう言えばまた講演を頼まれていて、そのレジュメも作らないと…。う〜ん、忙しいのはそれだけ必要とされているわけだから、もちろん幸せなことだとは思うけど、僕は要領が悪くて時間のやり繰りが下手だからなあ。まんべんなく均等な時間割でお仕事できるのが一番いいんだけどな〜。


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